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鼓膜が治った頃、たまには洋服でも買おうかと思って出掛けた駅前。
最近は誰かと出掛けることが多かったが、久々のひとりだ。

研にぃは最近よくパソコンを持ち歩いていて、何か勉強しているらしい。
内容は教えて貰ってないからわからない。
でも、東都水族館の日にあった悲壮感を感じないところから、「何も出来ない」状態からは脱却したのだろう。

私も、常々役立てることを見つけたいと思っている。
だが、今のところ成果は芳しくない。
寧ろどんどん危険から遠ざけられている気がする。
いつかデータの受け渡しすらやらせて貰えなくなるのでは無いだろうか、と自分の役立たずさを痛感している。

仕事用とプライベート用を何着か見繕って気分転換をしていたが、ふと知った髪色が視界に映って私はその色を追って振り返った。
身長も周りから頭ひとつ出ているミルクティーブラウンの髪は、間違いなく降谷さんだろう。

一瞬声を掛けようとかと思って数歩歩いたところで、彼の横にいる金髪の女性が視界に映った。
離れていく二人の背中を見て、私は足を止めた。
何を、平和ボケしているんだろう。
彼は今も、いつも、危険なところにいるのに。

冷水を頭から浴びたような気分でいっぱいになる。

私は、一体、何様だ。

最近少し、皆と仲良くさせてもらってる程度の私が、自ら声をかけるなんて許される訳が無い。
彼らを手助けできる立場でもないのに。
私は本来存在しない人間なのに。
何を思い上がっているのだろう。
何をできるつもりでいたのだろう。



ウキウキ気分で買ったはずの洋服を投げ出したい気持ちを抑えて、どうにか家に辿り着く。
部屋着に着替えることすらせず、帰ってきたままの状態でベッドに倒れ込む。

どんどん欲張りになる自分が嫌だ。
それを当たり前のように享受してることも。

ついこの間、実感したばかりじゃないか。
私には優れた洞察力も、地頭の良さも、運動神経もない。
容姿も平々凡々。
全てがありふれた一般人で誰の何の役にも立てないって。

それなのに、一度皆と話したくらいで全てを忘れて調子に乗る。
自己嫌悪が止められない。

「醜いな」

こんな自己嫌悪すらも、自分を醜くする要因の一つだ。
こんな醜いとこ、降谷さんには見られたくない。

なんとなく、ポアロから足が遠のいた。
そんなきっかけの日だった。






平日は仕事、土日は引きこもり。
頼まれた時にポアロに行く。
そんな日が続けば、最近はこまめにポアロに通っていただけに梓ちゃんがつまらなさそう唇を尖らせた。

「ひなちゃん、最近あまり来ないですね」
「今ちょっとバタバタしてて…。
ごめんね、落ち着いたらまた前みたいに来るから」

いつ落ち着くかは、わからないけれど。

「カフェラテお願いします」
「はぁい!」

注文をすると、梓ちゃんはニコニコと笑ってカウンターの中へと入った。
小説を読みながら時間を潰していると、十三時を少し前にして降谷さんがバックヤードから現れる。
そのまま小説を読んでいると、目の前で降谷さんが止まったのがわかった。
顔を上げると、彼は安室さん仕立ての笑顔を浮かべている。

「こんにちは、ひなさん」
「こんにちは、安室さん」

ズキズキと心臓が痛い。
私は、今までみたいに笑えてるだろうか。
今の私は、降谷さんの目には、どう映ってるのだろう。

「なんだかお久しぶりですね」
「はい、ちょっとバタバタしてて…」

梓ちゃんに言ったのと同じように告げると、降谷さんが少し眉尻を下げた。

「ちゃんと休めていますか?
確かに疲れていそうですね」
「ふふ、自分が要領悪くてバタバタくしてるだけなので、大丈夫ですよ」

そう言うと、今度は少し眉間に皺を寄せる。

「体を壊してからだと遅いんですよ」
「安室さんこそ、探偵のお仕事とポアロのバイト、大変でしょう?
体調気をつけてくださいね」

私よりよっぽど忙しい人に言われる言葉ではない。
すると今度はまた眉尻を下げた。

多分、だけど、降谷さんの本音ではお説教が始まるタイミングだと思う。
そんな本音を隠して表情をコントロールする彼の筋肉がどうなってるのか少々気になる。

「あ、一時!」

しれっと慌てた様子を作ってから、カフェラテを胃袋に収める。

「用事ですか?」
「はい。
お会計お願いします」

安室さんに声をかけて、レジを打ってもらう。
お釣りが出るようにお金を払えば、小銭と一緒にUSBを渡された。

「ひなさん。
本当に、無理だけはしないでくださいね」

少し真剣な声で最後に言われて、私ははい、と頷いた。
あぁ、もう。
私はそんな、心配してもらえる立場の人間じゃないのに。

「ご馳走様でした」

あの人の前で、最後まで、笑っていられただろうか。
カラン、といつもの音を立てて、ポアロの扉が閉じた。