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作業をしている間は、なんとなく無言が続いた。
降谷さんが閉店作業をする音はリズムがあって聞いてて面白い。
そういう所も、きっと彼の傍が居心地がいい理由のひとつなのだろう。

「…たまに、またポアロで働きたくなります」

そう言うと、彼はえ、と呟いた。
あ、静かにって言われたのに思わず口に出してしまった。
そう思ったのも後の祭りだ。
だが、デーブル席の片付けをしている彼は会話を続けた。

「今のお仕事は大変ですか?」
「あ、仕事が不満なわけじゃないんですよ?
私入院しがちなのによくして下さるし、職場の人には感謝してるんです。
でも、こうしてポアロに来てると当時のこと思い出して、懐かしいなぁって。
あの空間に安室さんもいたら、もっと楽しいだろうなって思うんです」

これは決して言わされた言葉でない。
事件が怖くてあまり傍にいたくない気持ちと、本当は誰よりも傍に居たい気持ちとせめぎ合っている。

「…じゃあ、また働きますか?」
「え」

背中合わせでしていた独白に相槌ではない返事が来て、私は思わず振り返った。

「もちろん、ひなさんの職場が副業問題なくて、マスターが許可するなら、ですけど」

にこ、と笑った彼が、手に持っていた小さな機械をバキ、と粉砕した。

「え」

まさかそんな粉砕オプションがついてるとは思わず、私は目を見張る。
カラカラと部品が床に落ちる音が鼓膜を揺らして、そして消えていく。
さすが公式ゴリラ、指と指で機械を壊したのに当たり前の顔をしている。

いや、普通壊れないよね?
どれだけ脆いのその機械?
粉砕ってやばくない?

そんな人外技を当たり前にやってのけた降谷さんは、ポケットから以前も見た盗聴器を見つける機械を取り出して操作する。
反応がないことを確認した彼が、退店した男性が飲んでいたコーヒーカップを持ってカウンターに戻ってくる。

「今日はありがとうございます。
先程まで後ろにいたのが、あの日のもう一人の僕です」

さらりと後ろに居たのがベルモットだと知らされて、私はまた目を見張る。

「え」

あれ、私さっきからえ、しか言ってないけど平気?

「あの人の予定から、今日来る予測をしたのでひなさんを呼びました。
ひなさんが僕とあの人の区別が着いていたらひなさんに危険が及ぶと思ったので、一芝居打った形になります」
「な、なるほど…?」

じゃあ、ひとまずアンテナからは外れた、のかな?

「本当なら今日も送って帰りたいのですが、まだあの人が見張っている可能性もあるので、アイツを呼びますね」
「え、大丈夫ですよ。
ひとりで帰ります」

そう答えると、ジロリと睨みつけられる。
えぇー、安室さん口調でここまで来たのに、唐突に目だけ降谷さんになるとか反則じゃない?

「明るい道通って帰りますし」
「得体の知れない犯罪者に通用すると思いますか?」

否定できない。
どれだけやばい人たちなのかは知ってるつもりだ。
でも、諸伏さんの手を煩わせたくないって思うのも事実なのだ。

「諦めて送られてください」

にっこりと笑った彼に答えるように、扉がベルを鳴らして開いた。

「ひなちゃん、かーえろ」
「えーはや」

扉の向こうにいた緑川さんのチャラい笑顔を見て、思わず本音ベースで呟くと、降谷さんは小さく溜め息を吐いた。

「迎えに来てくれるなんて、いい彼氏さんですね」
「ふふ、私には勿体ないくらい」

にっこり安室さんの笑顔を張りつけた降谷さんに同じように返す。
言葉に嘘はないが、今ちょっとヤケクソです。

「じゃー安室さん、また来るねー。
今度はお茶しに!」
「はい、お待ちしてます。
ひなさんもお気をつけて」
「ご馳走様でした!」

諸伏さんに手を繋がれて、彼の車まで歩く。

「じゃ、帰ろうねー」
「はーい」

車に乗って走り出してから、彼は先程の降谷さんにように機器を操作する。
異常がないことを確認してから、彼は緑川さんのキャラを外して諸伏さんの口調で話し始めた。

「大丈夫だった?」
「うん、一応。
相手にどう思われたかはわからないけど…」

大女優相手に私の芝居がどこまで通じたかはわからない。
芝居とはいえ、話していたことは事実と本音がほとんどだが…。
それを意図して言うのと意図せずに言うのとでは言葉の力は天と地ほどに変わるだろう。

「また数日危ないと思うから、GPS確認してるね」
「はーい」

案の定言われた言葉に、私は特に感情が揺らぐこともなく頷いた。
街の灯りが歩く時よりも早く後方に流れていく様子を諸伏さんと話しながら眺めていた。

家のそばに到着してから少し話したあと、私は帰宅した。

“帰ったよ”
“チェーン忘れずにね”

家に入ったのを確認して、諸伏さんは車を発車させた。
窓際でその様子を見送ってから、私は洗面所に向かった。

手洗いうがいをして、鏡の自分と向き合う。

「じゃあ、また働きますか」

だって。

真顔を言い聞かせながら、口元がニヤけるのが隠せない。
そんなこと出来ないって、分かってるはずなのに、こんなに嬉しい自分が悔しい。

「梓ちゃんに、また炎上しちゃう、って報告しないと」

あの場に女性が居なくてよかった。
本当に。
そんなことを思いながら、私はお風呂の準備をしようと身体を翻した。

瞬間。
私の意識はブラックアウトした。