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目を覚ました時、私は味わったことの無い身体のだるさを感じた。

どうやら身体を起こしたまま寝ていたらしい。
そんなことを思ったあとで、意識を失う前を思い出す。
…いや、いつ、寝たっけ?

ぼやけた記憶をどうにか呼び起こして、私は布を口と鼻に押し当てられて意識を失ったことを思い出した。

あ。

声を出そうとして、猿轡を噛まされていることに気が付く。
いや、これに気づかないとか私やばくない?
座ってるのは床で、どうやらホテルの一室のようだ。
テーブルの足に、後ろ手で両腕を固定されている。
ひと安心なことに固定されているのは手首だけで、その先は自由だ。
私がほっと息をついたところで、おそらくお風呂場の方から金色の髪を揺らして来たのはベルモット。
私はその容姿を初めて目の前から直視して、目を見張った。

「あら、起きたの?」

その口元に笑みを携えてやってきた彼女を見てわぁ、と言いたい気持ちを抑える。
記憶を取り戻してからクリス・ヴィンヤードとシャロン・ヴィンヤードの出演作は幾つか見ていたのでちよっとミーハー心もあるが、このひと、蘭ちゃんとコナン君に優しいだけでちゃんと怖いお姉さんなんだなとその表情からも感じて、私は足を引き寄せた。

その動きを心境の通り恐怖と取られたようで、彼女は楽しそうにその長い足を私の足元目前まで運んできた。

「あなた、あの男とどんな関係があるの?」

あの男…。
十中八九降谷さんのことだろう。
ベルモットの立場からしたらバーボン、もしくは安室透。

なんの事かわからない、とでも言うように私は目を丸くする。

「安室透。
あなたのなぁに?」

毒が含まれているような甘ったるい声が脳を揺らす。
あぁ、大女優と謳われる女が言葉を吐くとこうなるのか。

「ぁぐ」

一瞬、自分が何かを言おうとしたのがわかった。
でも発した言葉は猿轡に消えて、また目の前の彼女は美しく、顔を歪ませた。

「あら、忘れてたわ」

そう言った彼女は私の猿轡を外す。
口元から抜かれた時にごぽりと涎が落ちたが、それを拭ってはもらえず顎と洋服を汚した。

「それで?
彼とあなたの関係は?」

口の中に残った涎を気持ち悪いと思いつつ飲み込んで私は呟く。

「安室さんは、前に働いてた喫茶店で今働いてる方です」

私にとって、“安室透”はそれ以上でも、それ以下でもない。

小指からリングを抜き取って、居住まいを直すフリをして掌底で指輪を壊す。
恐らく彼らは既にGPSを見ている可能性が高いが、指輪が壊れれば私が目を覚ましていることを伝えられるだろう。
あのひとたちは、きっと助けに来てくれる。

「立場を聞いてるんじゃないの。
関係」
「別に、なにも」
「本当に?」
「えぇ。
私と“安室さん”は、喫茶店でお話して、蘭ちゃん達に誘われたらたまに外でもお会いするくらいの、お友達です」

蘭ちゃんの名前を出したのは賭けだ。
誘ってくれるのは実際には殆ど園子ちゃんだし、ベルモットの意識が少しでも外れるなら。

「…蘭?」

反応、した。

「ポアロの上に住む、女の子…」
「その子との関係は?」

調べてないのか?
私と蘭ちゃんは、確かに密な関係では無いが、見る人が見れば“特別”だとわかる。

ということは、このひとは、わりと私を、殺す気だ。

「蘭ちゃん、は…」

ここで、素直に言っていいのだろうか。
あの子を巻き込むかもしれない。

否、でも、ベルモットがあの子を殺すことは、ないはずだ。

「記憶喪失だった、得体の知れない私に懐いてくれて…」

“お姉さん、最近いつもいるよね”

ポアロにお客さんとして通い始めた頃、そう言って声をかけてくれた。
以来よく話すようになって、半年経つ頃には仲良しになった。
そしてある日、あの子は、私に言ったのだ。

“ひなちゃん、どうして笑わないの?”

そう言った彼女に私は首を傾げた。
私はいつも笑ってるつもりだったから。
いつも、蘭ちゃんみたいに笑ってるつもりだったから。
なんて答えたらいいのか分からないでいると、マスターが困ったように笑った。

“子供には伝わるんだなぁ”

当時は言っている意味がわからなかったけれど、今ならわかる。
記憶を失っていた私は、きっと心ここに在らずで、表面上笑っていても心から笑ってはいなかった。
それにあの子は気付いていたのだ。

だから、記憶を取り戻したあと、あの子に会った時、あの子はとても嬉しそうに笑った。

「私を救ってくれた女の子」

あなたがエンジェルを大切に思ってるのと、同じ。
私の大切な、妹。
ベルモットは僅かに目を細める。

「ふぅん?」

ベルモットは徐にスマホを取り出して耳に当てる。
誰かに電話をしているらしい。
怖い人じゃないといいな。
そんなこと思って、私は下唇を噛んだ。

「イラナイものがあるから運んで欲しいんだけど?」

そう言った相手にホテルの名前と部屋番号を伝える。
スマホを耳から話した彼女は煩わしげに髪を掻き上げる。

「…お迎えが来るまで、無事でいられるといいわね?」

彼女の綺麗な顔を毒に染めて、彼女は右手に持ったものを私の左肩に当てる。
ひんやりとしたそれに視線を送る勇気は無かったが、彼女から視線を逸らすことだけはしなかった。
彼女が笑みを深くすると、パシュ、という軽い音と共に肩に熱が走った。

「っん…ぐ」

叫ばなかった私を褒めて欲しい。

「じゃあね、子猫ちゃん」

そう言って、彼女は部屋を出ていった。