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朝起きた時、私は久々に頭がスッキリしているのを感じた。
悪夢で目が覚めることもなく眠れたようだ。
居間に顔を出すと、諸伏さんがおはよう、と笑う。
既に降谷さんは仕事に行ったようだ。
スマホを見てみると、既に時間はお昼だ。
そりゃいるはずも無い。

洗面所で身支度を整えてから諸伏さんの横に座る。
スマホは開いたままだが、降谷さんに連絡が出来る訳でもないのでトップ画にしてる桜のイラストを眺めていた。
淡い蒼に浮かぶ桜が何となく目を引いてダウンロードしたイラストだ。
ギターのお陰で悪夢も見ずに眠れたし、お礼言いたかったのにな、と思っていると、諸伏さんに本当にゼロのこと好きだよね、といい笑顔をされてしまった。
いきなりなに、と思って彼の顔を見ると、私のスマホ画面を指差す。

「ゼロの目の色」

そう言われて、私は降谷さんの目の色を思い出す。
元の世界ではイラストによって色味が変わっていたけど、生身が変わる訳じゃないから安室さんの時もバーボンの時も当然、降谷さんの目の色と変わらない。
諸伏さんが言う通り、このイラストの蒼は降谷さんの目の色に似ていた。

半年ほど前からこのイラストをトップ画にしているが、今の今、諸伏さんに言われるまで気付かなくて私は両膝に顔を隠した。
あまりの恥ずかしさに言葉にならず悶絶していると、諸伏さんは横で嬉しそうに笑った。






ほぼ引きこもっていたが、一週間ほど経った日に降谷さんにポアロに来るよう言われた。
一人で生きて行けなくなるのでは、という程に過保護にされたあとなので、唐突に誘われて目を瞬かせた。

という訳で、左腕をつったままの姿で私は土曜日昼間のポアロに足を運んだ。

安定の梓ちゃんの叫びをやり過ごして、お茶を開始する。
暫く二人が働く様子を見ながらお茶をしていると、ドアベルが慌ただしく鳴った。

どうしたんだろ、と思って顔を向けると、蘭ちゃんが立っていた。

「ひなちゃん!?」
「蘭ちゃん、久しぶり」

右手をひらひらと振ると、蘭ちゃんは目に涙を貯めて私の傍までズカズカと歩いてきた。
蘭ちゃんが私に対してこんなに感情をオープンにするなんて珍しい、と思っていると蘭ちゃんは私の左腕を慮りつつ、私をぎゅっと抱きしめた。

「え…?」

一瞬、何が起きたのか分からなくて、目を見張る。
座る私を抱きしめる、立ったままの蘭ちゃんの息が肩に当たって、決して夢では無いことだけはわかった。

「ひなちゃんが優しくて、実は強くて、誰かを守っちゃうのは知ってるよ。
怪我してる内の殆どは誰かを庇ってるんだってわかってる。
でも、私のお姉ちゃんに怪我して欲しくないよ…」

彼女の嗚咽が耳元で木霊する。
蘭ちゃんにとっても、梓ちゃんにとっても、私はただ長く居ただけの友人なんだと思ってた。
蘭ちゃんに至っては近所のお姉さん、的な。

それでも。
私が蘭ちゃんを妹だと思うように、蘭ちゃんも私を姉だと思ってくれていたのか。
どうやらそれは、目の前にいて、蘭ちゃんの言葉に大きく頷く梓ちゃんも同じらしい。

そっか。
一方通行じゃ、なかったんだ。

それが嬉しくて、私はボロボロと涙が零れるのがわかった。
蘭ちゃんの背中を右手でぽんぽんと撫でる。

「ごめんね、蘭ちゃん。
これからは、ケガしないように気を付けるね」
「そもそも無茶しないで!」

言った言葉には秒で噛み付かれてしまったので、私ははぁい、と頷いた。



諸伏さんに連絡して、私は帰路に着いた。

「気分転換になった?」

聞かれた彼の言葉に頷くと、彼は安心したように微笑んだ。

「明後日抜糸して、問題なさそうだったら一旦元の生活に戻ろうか」
「はい」

今の生活もどうやらあと数日だ。
一人暮らし、最初は寂しいかもなぁと思っていると、諸伏さんは爆弾を投下する。

「確実に落ち着いたら、俺とゼロが選んだ家に引っ越すから」
「なんて?」

不審者が入ってきた家にそのまま住む女性の一人暮らしとかないでしょ、と最もなことを言われてしまっ私は渋々頷いた。

あぁ、このふたりが選んだ家とか、家賃ヤバそうだなぁ。
私はひとり、頭の中で電卓を弾いた。