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彼女のGPSからの通知が鳴ったのは、それから一時間もしない内のことだった。
反応の移動速度からして車だろう。
ヒロが同行してるのかしていないのか分かりかねたが、ひとまず近くで待機しようと車まで移動する。
その時、携帯に着信が入った。
「すまない、ゼロ、ベガが連れ去られた!」
「…あぁ。
ひとまず僕は反応の傍まで行く。
恐らくベルモットだろう」
「周辺のカメラ情報を探すよ」
「あぁ」
降谷のスマホをヒロへ繋げたまま、移動を始めた。
反応があったのはベルモットがあまり使わないホテルだ。
その選択が最悪のルートを知らせるようで頭が痛い。
もし、本当に、店で話していたように、興味を失ってくれていたら。
それが最上だったのに。
現実はこうも上手くいかない。
連れ去った際の各所の監視カメラでひなさんの怪我がないことは把握できた。
ひとまずその事に安堵したが、連れ去られてから、一時間程時間が経過していた。
今現在も無事という保証はできなかった。
だが、不意に一筋の光が差した。
ひなさんのGPSが壊されたのだ。
今まで干渉がなかったということから、恐らく壊したのはひなさん自身だろう。
連れ去られて、右も左も分からない状況なのに、彼女は僕たちが言ったことを覚えてくれている。
あの指輪を渡した意味を、わかってくれている。
「僕たちは、ベガにどこまで感謝すればいいんだろうな」
全くだ、と頷いたヒロの表情が瞼の裏に浮かんだ。
指輪が壊されたあと、ピリリ、と安室の携帯が着信を告げた。
ベルモットだ、と呟けば暫くヒロは静かにしてくれるだろう。
「なんですか?」
わざわざ名前は聞かない。
「イラナイものがあるから運んで欲しいんだけど?」
少し苛立った様に聞こえる声で、彼女は用件を告げる。
そのイラナイものは恐らく僕たちの宝だが、素直に言えば気分が変わることもあるだろう。
「貴方のイラナイものを、一体どこへ運べと言うんです?」
ベルモットはその問いには答えず、ホテルの名前と部屋番号を伝える。
その後に直ぐに通話は切られた。
「行ってくる」
「頼んだ」
いちばん辛いのはヒロだ。
本来なら一緒にここまで来たかっただろうに。
それがわかるから、僕はその言葉をきちんと背負わなくてはいけない。
僕は安室と降谷のスイッチを切った。
少し離れてた場所に置いていた車をホテルの駐車場に停め直して、部屋に向かう。
フロントで安室と名乗ればキーは手渡してくれたからひなさんを返すつもりはあるようだ。
ベルモットとすれ違うことはなかったが、どこかに目があると思って行動しなければならない。
言われた部屋の扉を開けると、床に彼女の足が見える。
ギリギリ見えるテーブルの足元にその頭も見えた。
僕の顔を見て、一瞬安堵した彼女の目が怯んだ。
今の僕が、降谷でも、まして安室でもないとわかったのかもしれない。
直ぐに彼女へのアクションを取れば、様子を伺われていた時に言い訳が成り立たない。
焦らない程度に、僕にとっての彼女が、まるで何者でもないように。
少し彼女に寄ったあとその姿を見下ろした。
左肩を打たれたようで服に穴が空いていることと血に濡れた服が見える。
それを見てもなお僕は、彼女を優先して動くことはしない。
「ここにいた人はどこへ?」
強く目を瞑った彼女が目を開いたあと、覚悟の色が宿ったのがわかって僕は彼女に問いかける。
「少し、前に…部屋を出ました」
「…そうですか」
彼女の言葉に頷いたあと、僕は彼女の傍に寄って、机の足に繋ぎ止められていた彼女の腕にある手錠を外す。
少し手間どってる素振りをしつつ、銃弾が壁にめり込んでいることと、発信機付きの指輪を回収した。
本来なら清潔な布を使いたいが、バスタオルがそこに転がっているところから使用済みだろう。
彼女の着ていたニットを脱がせて止血をする。
痛みに呻いたのが分かったが、ここで手を止めて見える未来は死だ。
銃事件での死亡率は少ないが、ゼロではない。
ある程度のところで彼女の右手をニットへ誘導する。
彼女の傷を隠すように自分の上着を彼女の肩に掛けて横抱きにした。
そのまま駐車場に直行し、シートを倒した助手席に彼女を寝かせた。
運転席に回ったあと、機器を操作すれば反応が見える。
ポケットなどを探っても見つからず、僕は舌打ちをしたい気持ちを抑えて彼女の服の中に手を入れる。
ブラを触っていると、ワイヤーとは違う硬さを見つけてそれを外に出した。
「随分悪趣味な場所に隠しますね、ベルモット?」
そう言ったあと、数時間前と同じようにソレを壊した。
まぁ、下でなかっただけマシか、と思うが彼女がいる手前音にはしない。
もう一度機器を操作した後、反応がないことを確認して僕は車を発車させた。
「銃で撃たれてる。
見た限り一箇所だ」
電話の向こうに伝えるように言うと、ヒロが息を飲んだ。
「わかった。
お前の家か?」
「あぁ」
手配する、と言う声を残して長くなった通話は切られた。
「すまない。
君を危険に晒した」
バーボンのスイッチを切って言うと、彼女はいえ、と呟いた。
その声に覇気はなかった。
この二週間の心労も含めれば当然のことだった。
「病院に連れていきたいところだが…。
すまないが、僕の家で治療する」
声を発する気力が尽きたのが、身じろいだ音が聞こえる。
ストロークの長さからおそらく頷いてくれたのだろう。
すまない、と呟いた声は、車の中に溶けて消えた。