6
ひなさんの睡眠が浅くなってから、どうにかできないかと考えていた。
睡眠導入剤や睡眠薬も考えたが、悪夢の根本的解決にはならないだろう。
きっと、それは時間が解決していくしかないのだ。
せめて気が紛れる何か、と思っていると、ストリートライブを見かけた。
そういえば、音楽が好きだったな、と気付いたあと、僕は慌てて閉店間際の楽器店に入った。
目当てのものを買って二人のいる家へ急ぐと、少し驚いた表情で迎えられた。
「おかえり、ゼロ」
「おかえり、降谷さん」
「ただいま」
ハロが足元に擦り寄ってきたのでいつもの様に頭を撫でた。
ハロに触れるのはこんなにスムーズにできるのにな、なんて声にはしない本音。
ヒロがん、と声を出して俺の手元の袋を見た。
「何か買ってきたのか?」
「あぁ。
ちょっとな」
言いながら部屋の隅にあるギターを手に取った。
ギターを膝に座って袋を漁ると、二人の視線がこちらに向いているのがよくわかった。
「サウンドホールカバー?」
ゴム製のソレを手に取ると、ヒロが商品名を言ったから正解、と頷いた。
サウンドホールカバーを使うのは初めてだったからどんなものかわからなかったが、まぁいいだろう。
静音用ではないが、音を抑えたい時に使うものだし。
「これも静音用」
もう一つ袋から取り出したピックは、正真正銘静音用の道具だ。
「へぇ、そんなに変わるんだ…」
呟くヒロに頷くひなさん。
コクコクと何度も首を振るのはどうやら癖のようだ。
「ひなさん、前に少しだけギターやってたって言ってただろ」
前にポアロで言っていたことを思い出して言えば、ベチン、と音を立てて両頬を守った。
あの時のことは抓ったことも含めてヒロに報告していたので、その様子を見てヒロも笑った。
ひなさんは楽しくない、と言うようにじとっとした目をしている。
「ギターなら傷も開かないだろうし、やってみないかと思って」
「でも、全然覚えてないよ」
「教えるよ」
言いながらギターを渡すと、彼女はおずおずと受け取った。
以前のように膝に乗せて、拙い様子でコードを抑えた。
なんやかんや一時間程弾いていた彼女は指を揉みながら呟く。
「あー…ビリビリする…」
「それも慣れだな」
「だよねぇ」
指先の皮が少し厚くなるか、単純に慣れるか。
自分にもそんな頃があったな、と懐かしい。
ひなさんから返されたギターを膝の上に乗せて小さな音で鳴らす。
流石にそろそろ近所迷惑な時間だから、これが最後だ。
「降谷さん達はどれくらい練習したの?」
ヒロと顔を見合せてどちらからともなく吹き出した。
声を合わせてたくさん、と言うと、ひなさんは唇を尖らせた。
その様子を見て、また僕らは笑った。
まだ、幼い頃。
ベースを始めたヒロの真似をするようにギターを買った。
慣れたあとは同じ曲をセッションしようと練習して、今日はどこまで弾けるようになった、と競い合うようにして練習した学生の頃はもうずっと昔だ。
拗ねたひなさんがベッドに体重を預ける。
その体勢は辛くないのかと思うが、散々心配したら過保護がすぎると僕とヒロも既に口を酸っぱくして言わている。
昔練習した曲を弾いていると、懐かしそうにヒロの表情が和らぐ。
「いいな、俺も弾きたい」
「ギター練習するか?」
「それはちょっと」
即答されてしまった。
まぁそうだろうとは思ったが。
いくらもしない内に横から寝息が聞こえてきて、僕とヒロはまた、顔を見合せて笑った。
たまには、こんな休息があってもいいだろう。
最近はこのぬるま湯に浸かりすぎたのだ。
ちゃんと自分の立場を思い出した。
これが、最後だから。
せめて、この生活が終わるまでは。
一週間経った時、唐突にベルモットから連絡が来た。
彼女と蘭さんが並ぶところを見せろ、と。
彼女らしくない連絡にどうしたのか聞くが、その質問にははぐらかされた。
「またあの人が怪我することになったらこちらも色々と面倒なんですが?」
「今回はなにもしないわ」
その言葉を信じるかどうか悩むところではあるが、蘭さんが関わってくるなら信じる価値はあるように思った。
店の前までヒロの車で来て、帰りも同様。
そうして一週間ぶりにポアロに来た彼女が左腕を吊っているのを見て梓さんが叫ぶ。
「ひなちゃん、もう家の外出るの止めませんか…」
梓さんの散々の心配とお叱りの最後に呟かれた言葉に、ひなさんは苦笑で返した。
暫く経つと、ドアベルが慌ただしく鳴った。
扉の先を見ると予想通り蘭さんが息を飲むようにして立っていた。
ひなさんを窓から見やすい位置に座らせてよかった。
しかも、より、怪我をしている方を見やすく。
「ひなちゃん!?」
「蘭ちゃん、久しぶり」
蘭さんの想いとは裏腹にひらひらと右手を振るかひなさん。
その様子を見て、蘭さんは目にいっぱいの涙を溜めていて、そんな蘭さんを見てひなさんは目を見張った。
蘭さんは、椅子に座る彼女を上から包むように抱きしめた。
「え…?」
元より客も少なかっまた事もあり、静かな店内に、微かに、でも彼女特有と通る声が響いた。
「ひなちゃんが優しくて、実は強くて、誰かを守っちゃうのは知ってるよ。
怪我してる内の殆どは誰かを庇ってるんだってわかってる。
でも、私のお姉ちゃんに怪我して欲しくないよ…」
彼女の嗚咽が木霊する。
梓さんとひなさんは、蘭さんの体を超えて目が合っていたようで、梓さんが大きく頷く。
ひなさんは、誰かと自分の距離をとる人だ。
それは、きっとかつて萩原も、ヒロもだった。
今までは蘭さんも、梓さんも。
きっとここから、この二人はひなさんのより深いところで寄り添う二人になっていくのだろう。
ぼろぼろと止めどなく流れるひなさんの涙に、良かったと思うと同時に胸が軋んだ。