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肩の怪我が治った頃、職場の懇親会が三連休の土曜に執り行われることになった。
普段怪我で散々迷惑を掛けている私としては、欠席はない選択肢である。
まぁ、元より断るつもりもないけども。
元々はもっと早い時期に予定していたが、私の回復を待ってくれたというのだから尚更だ。
近場の海岸でバーベキューだなんて、随分パリピな会社だなぁと思う。
今どきこんな社内イベントを行うことだって少ないだろうに。
全体の年齢層は若くはない、いや、若くないからこそかな。
少し前のパリピ世代が目立つということなのかもしれない。
数少ない新人兼総務ということで、当日は朝から設営に勤しむ。
バックオフィスの先輩と、有志で手伝ってくれるアウトドア好きな先輩の力を借りて火の支度などを終えて、無事開始時刻に間に合った。
有志が来てくれてよかった。
私と先輩ではいつまで経っても火は点かなかった。
食べ物も飲み物も底を尽き、片付けも終えたら帰ろうか、と話していた矢先だった。
迷子のお知らせが海岸に鳴り響く。
なんだろう、海岸に設置されているスピーカーとは別の方向から聞こえたような…と思っていると、ふと思い立つ。
コレ、もしかして哀ちゃんのマスコットの話では?
最後のゴミ捨てに立候補して、会社の皆様とお別れをする。
この事件は平和だし、仮に居合わせても問題ないだろう。
そして何より私、あの安室さんが着ている白チャイナが大好きです。
SNSではダサいとか言う投稿も見られたが、私にとってはかっこいいの権化だった。
しかも可愛い。
遠くからでいいからお見かけしたい。
とは言え、この広い海岸では早々会えることもないだろうけど。
ゴミ捨てに向かうまでと、そこから駅までの帰り道で遠目にでもお見かけできたら御の字だなぁ。
…なんて考えていた数分前。
ゴミを指定の場所に捨てて駅に向かってる最中、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
「ひなお姉さーん!」
「歩美ちゃん!」
足元まで走ってきて、彼女はにっこりと笑う。
「こんにちは、歩美ちゃん」
「お姉さん潮干狩りに来たの?」
「ううん、お仕事の用事で来たんだよ」
そう言うとそっか、と笑う。
成り行きで彼女と海岸を歩きながら、事の顛末を聞く。
件の男性を一緒に探して、そのまま探偵団の皆と合流することになった。
「ひなさん?」
「ひなお姉さん!」
ぱちくりと目を瞬かせるコナン君に、笑って迎えてくれる元太君、光彦君。
その向こうできょと、とした表情の降谷さん。
あぁ、やっぱり白チャイナ最高。
この服、似てるの探し回ったなぁ、なんて懐かしい過去を思い出す。
「ご用事ですか?」
「職場の懇親会だったんです。
解散したところで歩美ちゃんに会いまして」
降谷さんの問いにそう答えると、彼は成程、と微笑んだ。
「怪我治ったばかりなんですから、無理はしないでくださいね」
はい、と頷いてから、犯人…基、プロポーズをしようとしていた男性の話に耳を傾ける。
哀ちゃんのことを思うと、この後は介入してあげたくなってしまう。
許してもらえるだろうか。
その後の薬のくだりは…まぁ、どちらにせよ結局薬をあげる優しい子なのだ、哀ちゃんは。
男性との話を終えて、哀ちゃんのマスコットはファミレスにあるだろう、という推理の元、彼らは元いたファミレスに戻ろうとする。
そんな中で、歩美ちゃんがひなお姉さんも一緒に行こ、と声をかけてくれる。
そう言った彼女になんて答えようか、と思っていると、降谷さんが困ったように眉尻を下げる。
あぁ、と察した。
彼が何を言おうとしているのか、わかってしまった。
「歩美ちゃん、私まだお仕事の友達が傍にいると思うから、追いかけようと思うの」
「えー!!
歩美もっとひなお姉さんと話したい!」
「ありがと、今度一緒に遊んでくれる?
哀ちゃんも一緒に」
そう言うと、彼女は納得しきらない目でうん、と頷いてくれる。
友達思いのいい子だ。
「あ、安室さんって裁縫は得意ですか?」
「え?
…いえ、あまり得意ではありませんね」
忙しかったから手を出さなかったのか、彼自身が苦手だったから手を出さなかったのかは分からないが、あのマスコットの行く末はあまりにも酷すぎる。
推し活の経験が有る身としては哀ちゃんの為に守ってあげたくなるのだ。
「もしも、汚れてたり壊れてたりしたら、声掛けてください。
コナンくんも、みんなも、自分たちで何とかしないで、哀ちゃんのこと思って大人を頼ってね。
自分のお人形が壊れてたり、カード折れてたりしたら嫌でしょう?」
そう言うと、はーい、といい返事だ。
…この返事がその場限りでないことを祈ろう。
「じゃあ」
そう言って別れた時、少し、違和感を感じた。
いつもは私の方を向いてにこりと笑ってくれる降谷さんが、一度も私と視線を合わせなかったことに。
いつもは言う「また」がなかったことに。
ポアロで待ってます、の一言がなかったことに。
歩美ちゃんに対して、なんて断ろうとしたのかはわからない。
けど、今までで一際、降谷さんからの拒絶を感じた時間だった。
折角お気に入りの白チャイナ姿が見れたのに、こんな気分になるなら元よりみんなの姿を探さなければよかった。
自分の行動に後悔をしながら、ひとり電車に揺れた。
数十分後、コナン君からHELPの連絡が入った。
汚れと破損が酷く自分たちじゃどうしようもない、と。
そのままポアロで待ち合わせをしてマスコットを直した。
私がポアロに着いた時降谷さんの姿は既に見えなかったが、彼が暇なわけが無いのだ。
別の仕事に向かったのだろう。
きっと、そうだ。
そう思わないと、足元から崩れていきそうだと、我儘に私は祈っていた。
「呼んでくれてありがと」
そう言って汚れをできる限り落として、修繕を行う。
哀ちゃんの下した結論がどうなったかはわからないが、ひとまず最悪の事態だけは避けられたと思いたい。
今度元に戻せなくてごめんねって哀ちゃんに謝ろう、と一人心に決めた。