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マスコットを直したあと、家に帰るとそこには諸伏さんが居座っていた。
合鍵を渡した覚えはないが、何故彼はここにいるのか。
いや、今更何も言うまい。

片手には一枚の紙を持っていて、何かと思って覗き込むと1DKの間取りが書かれていた。
私の引越し先が決まっているようだ。

「ひなちゃーん、この部屋引っ越そーぜ!
変なことがあった家に居ちゃマジだめだから!」

誰もいない家の中で、何故か亮くんのテンションで言う。
疲れてるのかしら、としらっとした視線で彼を見ていると、あはは、と笑う。

「もちろん、拒否権はないよ?」
「わかってるよ」

彼らの決意が硬いことは安室さんの家を離れた時に痛いほど伝わっている。
私は小学生か、幼稚園児か、みたいな注意を一から百まで…そう、十ではなく百…言い聞かせられた。
心配とか過保護を超えて一種の狂愛じゃなかろうか。
夢小説とかでよくあったやつ、一歩間違えると監禁ルートのやつ。
こわ。

「でもさぁ…普通下見とかさぁ…」

そう呟くと、諸伏さんはイイ笑顔を形作った。
わぁ、目がちっとも笑ってない。

「ごめんな!
俺達は、ひなちゃんに一分一秒でも長くここに居て欲しくない」

これでも時間かかりすぎていやになったくらいだよ、と呟く。

「ちょうど三連休で、明日明後日休みだろ?
明日荷造りして、明後日引っ越すから、よろしくね」
「そういうことは先に言って!!」

紛れもなく激おこ案件です。

そんなやり取りの後、慌てて荷造りを開始した。
諸伏さんは泊まり込みで手伝ってくれたが、果たして明日中に終わるだろうかと冷や汗だ。



翌日朝起きて続きをしていると、チャイムが鳴った。
この忙しい時に誰かと思って玄関を開けると、研にぃに松田さん、伊達さんにナタリーちゃんがいて私は目を瞬かせた。

「急な引越しだって聞いたから手伝いにきたよん」

ぱち、とウィンクをする研にぃに合掌したくなった。
でも、松田さんって大丈夫?
邪魔してきたりしない?

そう思ったのが顔に出たのか、彼は私の頭をガシガシと力任せに揺らした。

「ちょっとー!」

鼻で笑われたのが不服ではあるが、こうも穏やかな時間を過ごしたのは久しぶりのように思う。
それが嬉しくて、私も一緒になって笑った。

よし、と気を取り直すように声を張ったのは伊達さんだ。

「諸伏はキッチン周り、ナタリーは洋服、松田と萩原はプライバシーに関わらないような雑貨。
ひなちゃんは貴重品や見られちゃ困るものを片付けつつ捨てるものがあったら確認してくれ。
俺は重いものを中心に片付けていく」

いいな、と言った言葉に警察学校組の三人はいい返事を返す。
打って変わって、私とナタリーちゃんははーい、と緩やかに返事をした。

六人もいれば作業も早く終わるもので、夕方には粗方片付いていた。
諸伏さんはどうやら片付けつつ冷蔵庫の材料で軽食を用意してくれていたらしく、終わると同時に飲み会が始まる。
伊達さんと諸伏さん、研にぃはノンアルコールビール、ナタリーちゃんはノンカフェインのお茶。
松田さんはひとりビールだ。

「明日手伝えなくてごめんね」

ナタリーちゃんに言われてううん、と頭を振る。

「今日手伝って貰えただけで本当に助かったよ。
ありがとう。
久しぶりにナタリーちゃんにも会えたし、嬉しい」

そう言うと、彼女も嬉しそうに笑う。

「体調は大丈夫?
作業してて気持ち悪くなったりとか…」

作業中も気にかけてはいたが、見えないところで辛い思いはしていないだろうか。
そう思って聞くと、大丈夫、と彼女は笑った。

「ワタルは少し過保護だから心配するけど、今日くらいの動きならむしろ動いてた方が気持ちいいの」
「ならいいんだけど…」

自分が妊婦になったことがないから正直不安だ。
伊達さんも同じなのだろう。

「ワタルの子でもあるんだから、これくらいじゃへこたれないわ」

そう言った彼女があまりに幸せそうに笑うから、私は涙をこらえるのが大変だった。
物語の中で、彼女が描かれる時間はあまりにも少ない。
でも、彼女はモブなんかじゃない、
ここにいる彼女は、ひとつの出来事に一喜一憂しながら、生きている。
彼女の人生は彼女がちゃんと主人公だ。
そしてその主人公の隣には、いつも伊達さんがいる。

「ごちそーさまです」

そう言うと、彼女は頬を赤く染めて笑った。
何よりも綺麗な笑顔だと、そう思った。



当たり前に松田さんと伊達さん達を見送った研にぃと諸伏さん。
私は早々に風呂へと追いやられて、どうやら二人で話したかったようだ。
お風呂から出たあと、これ、私いつ部屋戻っていいかなぁ、と悩む。
いや、でもいつまでもここにはいられないし、と意を決して、お風呂場を出る時に無意味に大きな音を立てたりしてみた。
外に出るとめちゃくちゃ面白そうに二人して笑ってて、全力で後悔した。

少しだけ三人で話していて、話も落ち着いたところで二人とも帰るかな、と思っていたら今度は研にぃが当たり前の顔して諸伏さんを見送っている。
ちょっと待って?

「説明してください」
「護衛は仲良く半分こってね」

そんなところだろうとは思ったが、先に言って欲しいなぁ。
引越しが決まってから何度思ったか分からない本音を、むぅ、と唇を突き出して表現する。
察したように笑う研にぃが、私の頭をぽんぽんと撫でた。

寝支度をした後、お互いに最近の話をしながら眠る。
当たり前だが最近やってる仕事については教えてくれなかったが、研にぃが楽しそうだからいいか、なんて思ってしまう私は十分懐柔されているのだろう。



引越し業者は朝イチからやってきた。
黙々と荷物を運び出す業者を見つつ、研にぃは私の横に立っている。
警察官には土日もないと思ったが、研にぃ仕事はないのだろうか。
そんなことを思っていると、私の考えていることなどお見通しだったようで、これが仕事なんだよ、と耳打ちされる。
どうやら今荷物を運び出してくれている引越し業者さん、みんな公安関係者らしい。

え、私、公務員に引越し手伝わせてるの?
ヤバくない?

そんなことを思って引越し業者さん、基公安の方々を眺める。
引越し業者というのは一部の直雇用と殆どの日雇いで形成されているらしく、どんなに裏から手を回しても当日のスタッフを信用足る社員だけにすることは難しいらしい。
ならば、いっそのこと制服やトラックを準備して自分たちでやってしまった方が安心安全ということらしい。
なるほど。
分かったような分からないような。
でも、常にやっていることだからこの人達の統率はこれだけ取れているのだろう。
一人きりの荷物ではあるが、あっという間に終わってしまった。
家具付の賃貸に居たこともあって運び出す家具もほとんど無い、というより、思い入れがないなら破棄していく、と言われたので家具は大人しく破棄する。
家の都合最優先で購入したものばかりなので思い入れもなかったしこう言ってはなんだがちょうど良かった。

ただ、新しい家の家具を買うことを算段していたら、もう購入済みだと言われてしまい思わず白目だ。
誰のポケットから出たお金なのか。
聞かない方が幸せだってこともあるだろう、多分。

実際の引越し業者ではないということもあり、積み込み終わればすぐに新居で荷物を下ろして貰えた。
ありがとうございました、と本物の業者のように頭を下げた公安警察に全力で頭を下げてから、研にぃと新居に入った。

居間に置かれたダンボールを横目に、手前のドアから開いていく。
シューズボックスに納戸、お風呂とトイレは別なのが有難い。

ダイニングキッチンは八畳程の広さで、ダイニングテーブルがない代わりに少し大きめのソファとローテーブルがある。
チェストなんかも置いてあって、利便性と収納の理にかなったレイアウトをしている。

なるほど。
研にぃや諸伏さんがさぞここに来やすいだろう。
一人暮らしの家にあるソファではない。

横にある寝室は洋室だった。
やたら寝心地の良さそうなベッドと上に敷かれた布団の他に、ウォークインクローゼットがありそうな戸口がある。
そして、一番目に付いたのは通常寝室にはないものだ。

「ギター…?」

思わず近寄って触れてよく見てみると、降谷さんの持っていたものと同じ楽器メーカーのものだった。

軽く弦を鳴らすと綺麗な音が響く。

「ゼロと諸伏ちゃんと俺から。
引越し祝いってね」

当たり前にそう言った研にぃをパッと振り会えれば、面白そうに笑っている。

「あ、ありがとう!」

正直全く弾ける気はしないが、嬉しいものは嬉しい。
その場で諸伏さんにもメールで伝えて、降谷さんにはいつか、直接降谷さんとして会えた時に言いたいな、と心に留めた。

どうして、こんなさらっとイケメンみたいなことしてくれるんだろう、このイケメンたちは。
そう思ったことは、本人たちには秘密である。



気を取り直して、片付けを始める。
とはいえ、今日全て終わらせるつもりは更々無く、当面の服と日用雑貨、化粧品類、キッチン用品だけちゃんとしてれば十分だろう。
そんな心持ちでいたので今日のノルマはすぐに終わった。

研にぃと二人で近くのスーパーに昼食の買い出し。
荷物持ちをしてもらうということで、ついでに昨日消えた買い置きも復活させることにした。
二人でそれこそ兄妹の如く並んで家に帰ると、家の中にはお母さん、基諸伏さんが当たり前に鎮座していた。

「おかえり!」

そう言った彼を目の前にして、チベットスナギツネの如く眉間に皺を寄せる。

「…他に誰がこの部屋入れますか」
「俺と萩原と、あとゼロくらいだよ」

当たり前に笑う諸伏さん。
いや、由々しき事態では?
妙齢の女子の部屋に勝手に入ってこれる男が三人!

「いやぁ、でも、前例があったから仕方ねぇよな」

にぱっと笑う研にぃにだよな、と笑顔で同意する諸伏さん。
引っ越し代その他もろもろを出してもらっている以上とても文句が言えない状況だ。
しかも、私の左手の小指には、前と同じデザインの指輪が付けられている。
性能は言わずもがな。
その指輪を右手の親指で撫でながら、こっそりため息を吐いた。