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新しい家に引っ越してから、生活も落ち着いた頃。
純黒の悪夢の時に連絡先を交換した哀ちゃんから連絡が来た。

“約束したんでしょう。
遊ぶわよ”

二人を家に招いてお茶をすることも考えた。
実際、諸伏さんからも友達は招いていいという許可ももらっているが、折角皆が注意を払って引っ越しを完遂したくれたのに、という思いも少なからずあった私は、家に招くことは止めて喫茶店に行くことにした。
勿論哀ちゃんを慮ってポアロは避けた。
ならばいっそ、とアフタヌーンティサービスのある場所を選んで、女子会としゃれこむことにすれば二人ともそれぞれ楽しんでくれるだろう。

「歩美、アフタヌーンティー初めて!」

そう言っておしゃれをしてきてくれた歩美ちゃんは楽しそうに笑っている。
哀ちゃんもセットアップの服が可愛い。
そこそこ楽しみにしてくれたってことだろうか、とひとり嬉しくなる。

「私も久々!
でも、本当に甘い物量多いから、無理だけはしないようにね…」

この生ではあまり機会はなかったけれど、昔はよく来ていた。
毎度しんどい思いをしていたが、今回はネットの予約ページに「量少な目」のチェックボックスがあったので迷わず押させてもらった。
無理よくない。
甘いものは別腹っていうのにも限度がある。

私の言葉にはぁい、と手を挙げて笑う歩美ちゃん。
その横を微笑みながら着いてくる哀ちゃんのポケットにはスマートフォンがあり、見覚えのあるマスコットが揺れている。

私の視線の先を理解したのか、彼女はあぁ、と頷く。

「ひなさんが直してくれたって聞いたわ。
ありがとう」
「どういたしまして。
綺麗な状態で見つけてあげられなくてごめんね」
「それこそ、貴方のせいじゃないでしょ」

ふっと表情を柔らかくする哀ちゃんが可愛い。
少しでも彼女が受け取った時に不快な思いをしなかったのなら、それだけでこちらとしては嬉しいので万々歳だ。

三人でお茶を頂きながら、サーブされたデザートを食べる。
三段のケーキスタンドはそれだけでテンションが上がる。
最初のうちはあれが美味しい、これが美味しい、とデザートについて話していたけど、一時間を超えた頃、歩美ちゃんがあのね、と意を決した風に顔を上げた。

「ひなお姉さん、お付き合いしてる人いるの?」

おっと。
今日ってそういう話の日?
マジで?
全く覚悟してなかったけど

唐突な話題変換に頭が着いていかず、私は言葉を飲み込んだ。
真剣な瞳の歩美ちゃんの横で、ジト目の哀ちゃん。
お姉さん助けてほしいなぁ、なんて思いは無駄だよね、うん、知ってる。

「付き合ってる人、居るよ」
「えー!どんな人?」

えっとねぇ、と言葉を選ぶ。
この子達は捜査一課とも関係があるし、何処で諸伏さんと邂逅するかわからない。
大人しく緑川さんと付き合ってる体で話した方がいいだろう。

「ちょっとチャラく見えちゃうんだけど、いざという時に助けてくれる優しい人だよ。
IoTテロの時も助けてくれてね、私のヒーローなんだ」
「素敵、いいなぁ!」
「歩美ちゃんは好きな人いるの?」

過去の知識として、彼女の好きな人が誰かは知っているが、あくまで読んで知っている事実だ。
直接聞いてみると、彼女は恥ずかしそうに頷いた。

「うん。
…でもね、歩美の好きな人は、別の人が好きみたい」

圧倒的主人公と圧倒的ヒロインの物語だ。
そこに付け入る隙なんて、きっとない。

「ひなお姉さんは、そういうひと好きになったことある?」

じっと見られる。
その視線は、小学一年生といえど確かに恋をする女の子のもので、シラを切るのは失礼だと、思った。

この世界の、この生で、私はまともに恋をしていない。
友達と話すのが楽しい中学時代に事故に遭い、眠り続けた。
目覚めてすぐは記憶が無くてそれどころではなかったし、記憶を戻してからは自分の目標のために恋愛なんてそっちのけだった。
恋は私にとって、縁のないものだった。

それじゃあ、前の世界は?
彼氏もいたし、少なからず恋はしていた。
それでも、それ以上に強い思いがあった。

「あるよ。
芸能人って訳では無いけど、触れることも、声も掛けられなくて、振り向いてくれる筈の無いひとを好きになったこと」

そう呟くと、哀ちゃんが視界の横で目を見開いたのがわかった。

「辛くなかった?
好きでいていいのかなって、思わなかった?」

そう聞く歩美ちゃんの言葉に頷く。

「辛かった。
すごく苦して、どうして好きなんだろう、どうして、この手は届かないんだろうって、ずっと思ってた」

画面を見ては、漫画を読んでは勝手に溢れてくる涙があった。
一人きりで歯を食いしばって、前を見据えて進むあのひとに憧れた。
そんな私の恋を笑う人も大勢いたけど、だからって嫌いにはなれなかった。
だって、そんな外野の声に負けないくらい、強い思いだったから。

「でも、届かないからって理由で嫌いにはなれなかった。
ずっと、恋焦がれてたから。
周りの人には笑われることもあったけど、私にとっては大事な恋だった」

私の言葉を静かに聞いていた歩美ちゃんに視線を向けて首を傾げる。

「…歩美ちゃんは、今、その人のことを好きで嬉しいときってある?」
「うん…ある、けど…」
「それはどんなとき?」

えっと、と少し上を向いて考える歩美ちゃんが笑う。

「隣の席に座れた時とか、一緒に遊んでる時とか」
「なら、いいの。
歩美ちゃんは歩美ちゃんの恋を大事にしていればいい。
苦しくなる時も、悲しくなる時もあると思うけど、いつかきっと好きでよかったって思える時が来るから」
「…ひなお姉さんは、好きで、よかったって思えた?」

恐る恐る問われた歩美ちゃんの質問にもちろん、と頷く。

「私の思いは、私だけのものだから。
辛くても苦しくても、後悔なんてしてないよ。
今でも、大事な恋だから」

そっか、と頷いた歩美ちゃんに、その様子を気遣う哀ちゃん。
哀ちゃんの思いがどこにあるか解らないけれど、きっと哀ちゃんは恋をしたとき、自分が犯罪者だからと引き下がるだろう。

「歩美ちゃん、哀ちゃんも。
二人とも、自分の思いは大事にしていいんだよ。
誰にも自分の恋を止める権利なんてないんだから。
でも…そう、一つだけ言えるとしたら…。
もしその恋が叶わないって解ったら、引き下がれる自分でいなさい」

ぱちくり、と二人が目を瞬かせる。

「勿体ないことをしたって相手に思わせることが、いい女の秘訣…かもね」
「…うん!
歩美、いい女になる!」

ぱっと笑った歩美ちゃんを見た哀ちゃんが、表情を柔らかくした。
二人が落ち着いたならよかった。
私はといえば小学一年生に真面目に恋を語った大人になってしまったけれど。

みんなの恋の行方は私は解らないけれど、繋ぐか、乗り越えるかして、いい女になってくんだろう。
…この二人は、私よりもよっぽどいい女になりそうだけど、と苦笑した。