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商店街で偶然会った蘭ちゃんに誘われて、毛利家と食事に行くことになった。
どうやら探偵の仕事で、お店で話を伺うらしい。

家族…しかも子供同伴で探偵の仕事っていいいのだろうか。
守秘義務とかさぁ、なんて、今更なことを思う。
部外者の私が考えても仕方のないことだと理解しているので、もちろん口にはしないけど。

予定の時間まで探偵事務所でお茶をして話していると、いざ出ようとしたタイミングで降谷さんがサンドウィッチを持ってやってきた。
こんにちは、と蘭ちゃんたちとの流れの中で言われて、挨拶を返す。
その距離間は今までと変わらないように思う。
先日の海で感じた違和感は気のせいだっただろうか、とひとり首を傾げた。

私が首を傾げている間に、外出の予定を聞いたらしく降谷さんは残念そうに眉を八の字にさせた。

「え、ちょうど出かけるところだったんですか?」
「あぁ」
「なんだ…。
折角差し入れのサンドウィッチを持ってきたのに」
「いつもすみません」
「まぁ、夜食にでも食べるから、置いといてくれよ」
「わかりました」

小五郎さんの言葉に頷いて、中にサンドウィッチを置きにやってくる。

「どうせポアロの余りものなんだろ?」
「ちょっとお父さん!」

そんな小五郎さんの言葉にあはは、と笑う降谷さんは、バレましたか、と呟いた。

「それで?
なにか事件の依頼でお出かけを?」
「なんでそう思うの?」
「え?」
「だって、皆で食事に行くのかもしれないじゃない?」

コナン君に言われて、降谷さんはコナン君の方を振り返った。

「あぁ、今、毛利先生が夜食に食べると仰ってたからね。
食事に行くとしたら少し変だなと思っただけさ。
どうです、毛利先生?」
「まぁ半分当たりだな。
脅迫状が届いたってある金持ちが騒いでてよ。
これからこいつらを連れて、晩飯食いがてらその金持ちに話を聞きに行くんだよ」
「なるほど。
僕もまだまだですね」

そういえば、と蘭ちゃんたちの修学旅行の話を始めた降谷さん。
そんな降谷さんを睨みつけるコナン君を見てしまって私はそっと瞳を閉じた。
私は、何も、見ていない。

話も聞かず精神統一をしていると、どうやら降谷さんも同行することになったらしい。
あれ、何か物語あったかな、またひとり首を傾げた。
事務所から降谷さんとどこかに行く話。
探偵たちのノクターンは出会った頃に巻き込まれた後だ。

映画のように何度も繰り返し見た話は覚えているけど、通常のアニメや原作の話となると既に頭から抜け落ちている話も多い。
特に時系列なんかも覚えてられなくて、後手に回ることも多い。

揃って階段を降りたところで、降谷さんがあれ、と言いながらポケットをポンポンと叩いた。

「あ、しまった。
スマホを忘れてきてしまったみたいです」

確かに、そのポケットに膨らみはなくスマホが入っている様子は見えない。

「え、どこに?」
「多分、さっき持っていったサンドウィッチの皿の傍だと思うんですが」
「安室さん、スマホなんか出してたっけ?」
「あぁ。
サンドウィッチを運ぶ途中で、知人から電話があってね」
「じゃあ私、取ってきますね」
「すみません、蘭さん」

降りてきたばかりの階段を上る蘭ちゃんに声を掛ける降谷さん。

「ったく、意外とおっちょこちょいなんだよなぁ」
「探偵失格ですね」

…あぁ、見なければよかった。
意味深に蘭ちゃんを見据える降谷さんに、そんな降谷さんを睨みつけるコナン君。
ということは、きっと物語と同じ何かが待ってるんだろう。

解らないことは考えない。
私は考えを放棄することにした。



そして、その答えはほんの少しだけ、お店に到着した時点で理解した。

「黒ウサギ亭、ね…」
「ちょっとちょっと…ここって料亭とか洋食屋さんなんかじゃなくて!
バニーガールのクラブじゃない!」

お店の前で、そして中で憤る蘭ちゃんに、心の中で同意する。
決して小学一年生の子供を連れてくるお店ではない。

看板に描かれるバニーガールに、私は力なく笑った。
概要こそ覚えていないが、確かにバニーガールが出てきて、そこに降谷さんがいる物語は見た覚えがある。

テーブルに着いて依頼人を待つ。
小五郎さんと降谷さんが座る席からは離れて、蘭ちゃんと二人でメニューを眺めた。

やってきた依頼人の諸岡さんの話を聞いていると、途中でコナン君が傍に来た。
蘭ちゃんのの隣の席をコナン君に譲って、椅子席の端っこに座りなおす。
…うん、真横だと降谷さんの姿が余り視界に入らなくてちょうどいいかもしれない。

途中諸岡さんが執事の深町さんの眼鏡を踏んで割ってしまった。
諸岡さんと小五郎さんが車に眼鏡を取りに行く背中を見送ってから、ふむ、と顎に手を当てる。
仔細は覚えていないが、この壊れた眼鏡は事件に関係なかったはずだ。
ならば誰かが怪我をする前に片してしまおう、とテーブルの下にしゃがんで手を伸ばした、その時だった。
私の手首を掴む褐色の手。
褐色の手の持ち主なんて、彼しかいない。

「え…」
「怪我してしますよ」

少し、トーンの低い声だった。
安室さんというよりも、降谷さんと言っていいような、飾りっ気のない声。

「これくらい、大丈夫ですよ。
怪我したとしても指先だけだから気にしなくていいです」
「よくありません」

頑なな声にぴしゃりと遮られて、彼はすぐにバニーのキャストさんを呼んで片付けてもらった。
本当に、何がしたいんだ、この人は。
この間は避けられてると思ったのに、間違って怪我してしまったとしても、大した怪我にはならないこんな些末なことで敏感になる。
降谷さんの意図が全く読めなかった。