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小五郎さんたちが戻ってきて、バニーの有里さんも汚れたカフスを変えて戻ってきた。
みんなで食事、といったタイミングだった。
有里さんが口元に手を抑えて、苦しみ始める。

「え」

目の前の彼女と、一瞬、目が合った気が、した。
否、違う。
目なんて合ってない。
そう錯覚しただけ。
それなのに、耳元で誰かの声が聞こえる。

どうして、助けてくれなかったの?
知ってたでしょ。
私が、ここで毒を飲むって。

どうして、見殺しにしたの?

「ひっ…」

歪んだ視界に、私はぎゅっと目を瞑った。
耳を両手で塞いで一人の世界に閉じ籠る。
それでも、外から聞こえていた声ではなかったから当然頭の中で響くのだ。



今まで、私が、見殺しにしてきた人たちの声が。
ずっと、ずっとずっとずっとずっと、木霊していた。



「…ちゃん?
ひなちゃん!」

肩を揺さぶられて、私は目を開いた。
目の前には蘭ちゃんが居て、心配そうに私を覗き込んでいた。

「あ…」
「体調悪い?
大丈夫?」
「あ…だい、じょぶ…」

ボロボロと涙は零れているけれど、年上としての矜持で強がった。
それに気付いてくれたのか、蘭ちゃんからの追及はない。

あぁ、でも、私って本当に酷い人間だ。
こうして蘭ちゃんが私を慮ってくれてるのに、蘭ちゃんじゃない人のことを考えてる。

私が事件に出くわしたとき、そこには降谷さんが居て、私に現場を見せないように気遣ってくれてた。
それでも、今その降谷さんは同じフロアにいるのに、私の傍にはいない。
私に気を配ることを、止めた。

何がきっかけかは解らない。
それでも、私は彼の庇護下から放たれたらしい。

そのことがこんなに苦しくて、悲しい、なんて。
私はいつからこんなに我が儘になったんだろう。

涙を拭って、蘭ちゃんにもう一度大丈夫、と言うと、彼女は顔いっぱいに心配を張り付けたまま、私の目の前からは退いた。
既に有里さんは救急車で搬送された後で、見慣れた捜査一課の皆さんがいる。

伊達さんが心配そうにこちらに時折視線を向けてくれるのが解ったので、ひらひらと手を振ったら、少し安心した様に表情を和らげた。
捜査が進む中で、降谷さんの表情が捜査とは違うところで変わるのが解った。
どうしたんだろ、なんて思いながら、そんなことに気付いてしまう自分が嫌だ。

肝心なところで役に立たないくせに。



捜査の最中、キャストの紗菜さんのスマホに電話が掛かってきた。

「もしもし、お父ちゃん?
ごめん、今立て込んどって…。
なに、なんの用?」

有里さんとも、刑事とも違う声色に彼女の本質が見えるようだと思った。

「だげ言ったがな!
お金の心配なんてせんと、お父ちゃんは病気療養に専念しときゃーえぇって!」

その一言で、彼女が一位を欲する理由がわかった。
父親の為、父親の治療費の為に彼女は働いているのだ。

「手術代はウチがなんとかするけぇ!
大丈夫、お父ちゃんはそんな簡単に死にゃせんよ。
ウチと同じ、しぶとい赤い血が流れとるけぇな!」

電話の向こうにいるお父さんを励ました、紗菜さんの声がフロアに響く。
その言葉に、私は息を飲んだ。

なんで、忘れていられたんだろう。
そうだ。
これは、降谷さんの大事な言葉だ。
降谷さんと、初恋を繋ぐ、大事な、大事な。
そしてこの話は、彼のその経験から犯人が判明する。

私みたいな部外者が入り込めるはずもない、そんな隙が生まれるはずもない、彼の大事な思い出だ。
口角が上がった降谷さんを視界に入れて、私は唇を噛み締めた。

本当に、私はなんて馬鹿なんだろう。
全てに足を突っ込んでから、自分の立場を認識するなんて。
否、今までだって、何度も、何度も、身に染みて解ってたくせに。
喉元過ぎれば熱さを忘れるように、少し日常に紛れれば全て忘れる自分の愚かさに、失笑が零れた。



その後、事件は解決され、有里さんの無事も確認が取れた。
諸岡さんと深町さんが今後どんな関係を築き直すのかはわからないが、彼らは彼らの生を生きていくのだろう。

お店からの帰り道、私は気付けば降谷さんと同じタクシーに押し込まれていた。
降谷さんは当然私の家を把握しているから、何も言わずとも私の家へタクシーを向かわせてくれる。

無言が痛い。
せめてここに小五郎さんがいてくれたら、とも思うが、無理な願いなのは百も承知だ。
思うだけなら自由だから許してほしい。

「…体調は、大丈夫ですか」

不意に降谷さんに聞かれて、え、と呟いた。

「顔色が悪かったので。
貴方はまだ、あぁいう現場に慣れていないでしょう?」
「あ…はい、一応は、大丈夫です…」

煮え切らない答え。
そうですか、と返した降谷さんはどう思っただろう。
どう、思われただろう。

立派なセキュリティのマンションの前にタクシーは止まる。

「湯船に浸かって、ゆっくり休んでくださいね」

そう言った降谷さんに頷いて別れを告げてから、自分の家へと戻った。
時折二人が家にいることがあるが、よかった、今日は誰もいない。

ひとりきりの部屋で、ソファにしゃがみ込んだ。
堰を切ったようにボロボロと涙が頬を伝う。

本当に、いやだ。
苦しい。

誰か、助けて。