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どんなに苦しくても、当たり前に朝はやって来る。
朝が来れば昼も来て、当然夜を迎える。
そんな当たり前に流れる時間を何回も何十回も繰り返したある日。
書店に並ぶキッド特集を見て、私は何かが頭に引っかかった。

キッドは、黒羽快斗は、降谷さんとの関りはあまりない。
何が引っかかるんだろう、なんて思って数日。
私は「フェアリーリップ」の文字を見て、漸く引っかかったものが何なのか理解した。

諸伏さんに緊急要請を依頼した、その日の夜。
仕事から帰ると温かそうなご飯がローテーブルに並んでいた。
おかえり、と言った彼に包容力のようなものを感じてしまった。

「どうしたの、ひなちゃん」

キッチンから出てきた彼にはっとして、私は彼に詰め寄る。

「あの、諸伏さんのお兄さんについてお話が…!」

そう言った言葉に彼は目を見張って、くしゃりと表情を歪めた。

「取りあえず、食事終わってからにしようか」

その言葉に促されて、私はあれよあれよと手洗いうがい、食事を済ませ、最終的には風呂場へと放り投げられた。

しっかりとお湯の張られていた湯船に浸かれば、帰宅時よりも落ち着いた。
流石お母さん。



諸伏さんが待つダイニングのローテ―ブルに並んで、それで、と言われて私はひとつ深呼吸をした。

「諸伏さんのお兄さんは、諸伏さんの現状を知ってる?」

神妙な面持ちだった彼はいや、と頭を振った。

「最後に警察を辞めるって連絡をしてから特に連絡はしてないよ」

ということは、高明さんは知らないのだ。
彼の、“死”を。

「あの、」

言おうとした言葉を、紡ぎきれなかった。
私は今から、酷いことを言おうとしている。
たった二人きりの家族を引き裂く、酷い、酷い言葉だ。

そしてきっと、私が口を噤んでしまったから、彼は気付いてしまった。

「兄さんに俺が死んだように錯覚させる、か…。
なかなか骨が折れそうだな」

本当に、なんて返せばいいんだろう。
私は何を言う権利があるのだろう。

私が口を噤み続けているのを見て、諸伏さんがにっと笑う。

「本当だったら、こうして悩むこともできなかったんだろ?
なら大丈夫。
…ちゃんと全て終わらせて、会いに行くさ」

私に気を使ってくれてるのは解ってる。
それでも、きっとそこには彼の願いもあって、一言では言い切れない思いが込められているのだろう。

くしゃりと、笑いきれなかった表情で笑う。
その言葉に、私が泣く権利はない。
わかってはいるけど、目の奥が熱くなるのは止められそうになかった。
せめて涙を流さないように注意して、私は彼に問う。

「私も、会いに行っていいかな」
「もちろん」

当たり前にそう頷いてくれた彼に、ありがとう、と返した。

そうして、私たちは、話し合いを始めた。






数日後の新聞で、フェアリーリップの展示に関して涼し気な、という触れ込みが追加された。
ということは、恐らく高明さんは無事警視庁にやってきたのだろう。

小さく一息ついたところで、私はポアロにやってきた。
ちらりと仲を覗くと、店員は梓ちゃんだけ。
お客さんとして蘭ちゃんと園子ちゃんがいる。
いいタイミングだ。

いつものように入店して、カウンターに座ろうとすれば二人に声を掛けてもらえた。
色々な意味で有難い。
カフェラテを頼んで三人で話している最中に、ぽつりと呟く。

「そう言えば、今度フェアリーリップ見に行こうと思うんだよね」
「え、ひなちゃんも行くの?」

どうやら、蘭ちゃんは既に朝行く予定が立っているらしい。
流石キッドキラーの現保護者だ。
蘭ちゃんが嬉しそうに笑ってくれるのが少し罪悪感を掻き立てるが、うん、と頷く。

「じゃあひなさんも朝来ちゃえば?
叔父様には伝えときますよ」

蘭ちゃんに続けてそう言ってくれた園子ちゃん。
君たちは女神か何かかな?
なんて口が滑りそうになるのを堪える。

「え、ほんとに?
嬉しい!
あ、…けど、今回連れもいるんだよね…」

諸伏さんも行く、と言っていたからそう呟くと、いいわよん、とピースサインをしてくれる。
本当に女神。
半ば謀って話し始めただけに罪悪感は残るが、邪魔はしないので許してください。

それとなく会話を誘導して、彼女たちの学生生活を聞き始めた。






当日の朝、諸伏さん扮する緑川さんと二人で展示室にやってきた。

「ひなちゃん!」
「蘭ちゃん。
おはよう。
コナン君もおはよう」
「おはよう、ひなさん。
あと…」

諸伏さんに視線を映したコナン君がじと、とした目で見ている。
彼と高明さんは既に会ったことがあるだろう。
諸伏なんて珍しい苗字だから、二人が兄弟だと気付いたのだろうか。
それとも、久々に会う緑川さんだからそんな視線になってるだけなのか。
名探偵の頭の中は私ではとても計り知れない。

「緑川だよ。
ひなちゃんとは中学の頃からの知り合いなんだ〜」

ヒラヒラと手を振る彼が程よいチャラさを表現している。
付き合ってる、と言わなかったのは蘭ちゃんがいたからだろう。
齟齬が発生した時は私が口止めしてた、と伝えよう、と心に誓う。

次郎吉さん、服部君、万葉ちゃんとも挨拶をして、私たちはそっと皆から離れて宝石を見ていた。
五人の会話は今も続いていて、そんな会話を遮るひとつのイケボ。
言わずもがな、諸伏高明である。

直接お会いするのは初めてだが、本当に三国志の一節を話している。
凄い、全く理解できない。

ふと横を見ると、少し嬉しそうに見える、諸伏さん。
高明さんに気付かれない程度に彼を視界に入れて、小さく息を零した。

少しして、彼がさり気なく高明さんに背を向けた。
そして、くしゃりと歪んだ笑みを浮かべる。

「…ごめん、思ったより、」

当然だ。
高明さんがここに来たということは、明日、彼は弟の死を悟る。
たった一人の家族に、自分の死を偽ることがどれだけ苦しいか。
私では計り知れないほどに違いない。

泣きそうになるのを堪えて、私は笑う。

「うん、帰ろ」

諸伏さんの腕をぽんぽんと叩いて、私たちは蘭ちゃんたちに挨拶をして展示室を後にした。