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フェアリーリップを見に行った翌日、私は仕事で外出となった。
営業が資料を忘れたとのことで、それを届けに来たのだ。
良い時間だったのでそのまま直帰することにして、街を歩く。
どこかでディナーでもしようか、それともショッピングでもしようか。
桜田門から日比谷の方へ散歩しつつ考えていると、目の前で茶封筒を持った高明さんが空を見上げて立っていた。

「あ」

思わず口から出た音を戻す方法、募集中。
一瞬の現実逃避も空しく、高明さんは私を視界に入れた。

「貴方は…」

そう呟いた彼は、どうやら同じ部屋にいただけの私を覚えていたらしい。
流石の記憶力です。

「えっと…昨日、いらっしゃった刑事さん…ですよね?」
「えぇ」

初めまして、と頭を下げる。
面識はあるが、会話する内容はない。

私が声を零してしまったばかりに、退席もしづらくさせてしまって本当に申し訳ない。
その手に持った茶封筒の中には、彼が用意した「死を納得させるもの」がある。
その発端は、私だ。
私が背負うべき業だ。

私は、何をしているのだろう。
この人たちを傷つけて、意味はあったのだろうか。

高明さんは、私の知る物語で、きっと黒の組織に関わってくる。
髭さえなくせばスコッチにそっくりなのだ。
ラムが高明さんを気にしているようなコマもあった。

かといって、それは私がこの人を傷つけていい理由にはならない。

誤魔化すように、鞄のストラップに掛けていた手を握り締めた。

「あ…あの!」

あぁぁあああぁぁ。
思わず口から出た音を戻す方法、募集中リターンズ!
出してしまったものが戻らないことは百も承知だけど…!

「あの、その…弟さん…いらっしゃいませんか!」
「弟、ですか?」

無表情に見えるけど、多分訝しげに染まっている表情に、私はたじたじだ。
おりますが、と肯定してくれたことに、一息つく。

「私、中学の頃に、事故に遭って…。
その時に助けてくれた子に、そっくりだったので…」

高明さんはその目を細くした。

「…確かに、弟からも中学の頃に事故現場に遭遇した話は聞いたことがあります」
「それ、多分、私です。
あの、弟さんに伝えていただけませんか。
貴方のお陰で、こうして生きていられますって」

高明さんは、諸伏さんが公安だったと気付いているだろう。
そしてその任務の最中に“亡くなった”ことも。

諸伏さんの死は無駄なものじゃない。
彼は、人の為に動ける人なのだ。
そう、解ってほしかった。
彼のお陰で救われた人間がいるんだってことを、知っていて欲しかった。
否、私なんかが言わなくったって、高明さんは、わかっているだろうけど。

高明さんは少し目を伏せたと、緩く口角を上げる。

「えぇ、伝えておきましょう」
「ありがとうございます!
では」

頭を下げて、私は駅へと歩き始めた。

どうか、また彼らが笑い合えますように。

私がそう願うのは、酷く滑稽かもしれないけれど。