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二十六になった年。
なんの偶然か、班長と、陣平ちゃん、そして連絡のつかない降谷ちゃん、諸伏ちゃんの四人が街中で出会ったそうだ。
何それ、俺仲間外れ?
なんて思ったし、正直に直接伝えたけれど、基本登庁したあとは帰るまで外に出ることのない俺はそうなっても仕方ないのだろう。
陣平ちゃんは、自由奔放が過ぎるせいか「社会の仕組みを勉強してこい」という小学生レベルの名目で捜査一課に飛ばされていたタイミングで、色々な事件に関わりまくっているらしい。
ビルの爆破物については、陣平ちゃんから連絡がきた。
なんとか爆弾は処理に成功したそうだ。
そして、陣平ちゃんから聞いていたカウントダウンのラストは、明日だ。
非番だから何かあったら動ける旨は伝えてあるし、動きやすいように過去に関わりのあった地点を何か所か巡るか、と俺は念のためひなちゃんの予定を聞いた。
ひなちゃんが病院に行く日だと聞いて、俺は一緒に病院に行く。
この病院は以前にも標的にされているし、犯人が同一犯ならここが狙われる可能性は高い。
そう思って警察手帳片手に変なものはないか聞き込みをしていたら、ナンパしていると思われたのかひなちゃんにジトっとした目で見られることになったが背に腹は代えられない。
「…研にぃ」
診察が終わった後は度が過ぎたのか、腕を引っ張られて清算エリアの傍で座る。
まぁ、目的のものを見つけてしまった後だったので構わない、
今日は右手の痺れが酷い。
陣平ちゃんに連絡してみたが、手が離せないしチームはその観覧車の方に出払ってしまっているらしい。
「なぁ、ひなちゃん」
「…なに?」
いつもと違う声色に気付いたのか、彼女はちらりと俺を見る。
「…おにーさん、爆弾見つけちゃった」
「は…?」
彼女が二の句をつなぐ前に、二城さーん、と会計のひとに呼ばれて、清算に向かった。
清算を終えた彼女は、席に戻ってぺたりと座る。
そして俺の方を見ずに、小さな声で問いかけてくる。
「…ほんと?」
「嘘だったらよかったね」
「…爆弾処理班にいるっていうお友達は?」
陣平ちゃんのことを次に聞いてもらえるということは、不思議な目をしていたけれど記憶にはちゃんと残っているらしい。
まぁ、数年間話にしょっちゅう出てきていたのだから当たり前か。
「向こうも爆弾解体中だね」
「間に合わないの…?」
少し震えた彼女の声に、小さく息を吐いた。
ちらりと、彼女の方を見ると彼女も俺を見上げる。
「協力、してくれる?」
言外に体が動かないことを告げると、彼女は泣きそうな表情をきっと引き締めた。
「少しでも違うことしようとしたら、ちゃんと教えてね」
あぁ、本当にこの子は格好いい。
俺の、神様だ。
無事解体を終えた後、陣平ちゃんと本庁に連絡をして爆発物処理班の到着を待つ。
俺、そして次にひなちゃんに質問を重ねると、元同僚は彼女に頭を下げて去っていった。
「ハギ」
そう声をかけてきたのは、陣平ちゃんだ。
こちらの解体が判明した後、自身も観覧車の爆弾を解体して出てきたらしい。
「よぅ、陣平ちゃん」
「爆発と縁が切れねぇな、総務のくせに」
「解体したのは俺じゃないけどね」
「ンだよ、そうなのか?」
横にいた彼女を指差して助手、と紹介した。
「…助手?」
彼女のことをじっと見降ろしていた陣平ちゃんが表情を崩す。
ひなちゃんは、不思議そうに陣平ちゃんを見上げていた。
「タワマンのときに助けた子だよ」
「あぁ!」
そう言うと、陣平ちゃんは四年前の事件に思い至ったらしくなるほどな、と笑う。
「俺松田陣平。
ありがとな、四年前、この馬鹿の命助けてくれて」
「助けられたのは、私ですけど…。
二城ひなです。
よろしくお願いします」
「ちょっと、助けたの俺じゃなーい?」
二人が自己紹介を終えた後に陣平ちゃんに言うと、はっと鼻で笑われた。
「防護服着てねぇアホを別のフロアに連れてってくれたっつーんだから助けたのはこっちだろーが」
言っていることには全面的に同意だが、彼女の前ではあくまでチャラい兄ちゃんで居たいのだ。
えー、とわざとらしく不平を零した。
陣平ちゃんとひなちゃんは握手を交わして、その手はさらりと離された…、その、直後だった。
「いっ…たぁぁ」
頭を押さえて俯く。
「ひなちゃん!?」
「おい、」
「ああああぁぁぁぁぁあああ!!」
苦し紛れに吐き出された声に、彼女は蹲る。
その直後、彼女は意識を手放した。
「あむ…ろ、さ」
彼女が呟いた言葉は、よく、わからなかった。
検査したところ異常が見られなかった彼女は、病室に寝かされた。
陣平ちゃんは流石についてくるわけにはいかず、その場で別れた。
彼女の両親に連絡をすれば、今ちょうど家から離れているそうで到着は夜になるらしい。
一時間ほど経ってから、彼女は目を覚ました。
「大丈夫か?ひなちゃん」
そう言って頭を撫でると、彼女は目を潤ませた。
その、目が。
瞳が、違うのがわかった。
「はぎわら、けんじさん」
「ん?
そうだよ」
その違いに意識を取られて、彼女に名前を呼ばれたときにぶっきらぼうに返してしまう。
「なにか、思い出した?」
一度呼吸をしたあとにそう聞くと、彼女は頭を振った。
「そっか」
恐らくそれは嘘だったけれど、俺は気付かなかったことにして笑った。
「今日はこのまま入院になるって。
…ひなちゃんの両親には伝えてあるから、この後来ると思う」
「うん…ありがとう、研にぃ」
記憶に何らかの変化はあったのだろう。
それが、どんな変化なのはわからないけれど。
まだ両親との邂逅は気まずいらしい。
俺はいつものように頭を撫でた。
医師から軽い問診を受けたあと、彼女は俺の名前を呼ぶ。
「ん?」
「いつも、警察学校のお話ししてくれるでしょ。
そのお友達、会ってみたいな」
焦点の合わない瞳だと思っていた。
“ここにいない”とでもいうような、生気のない目。
それなのに、今、目の前にいる彼女には確かに光が宿っていて、何かを見据えていた。
「お、今まで話しても興味なさそうだったのに、どうした?急に」
「だって、またこうやって爆弾騒ぎに巻き込まれちゃったでしょ?
何かあったときに、警察の知り合い居ると安心かもって思って」
あはは、と苦笑する言葉は最もだ。
「俺としては、そんなに警察が必要になるほど巻き込まれないでほしいんだけどなぁ」
もちろん、そんな知り合いが必要になる事態には陥ってほしくないのだが。
それでも、その変化が、俺は嬉しい。
「いいよ。
と言っても、ひとりは既に会ってるけどね」
「え?」
首を傾げる彼女に人差し指を立てて、ウィンクをする。
「松田陣平。
俺の幼馴染だよ」
「松田さん…って、さっきの?」
「そう。
ひなちゃんがいいなら、今度会ってみる?」
そう言うと、彼女はぱっと笑顔になる。
そっか、本当の君はこうやって笑うのか。
俺の神様は、ずっとここにいなかった。
それでも、今日。
とうとう、地上に降りてきてくれたらしい。