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ハロウィンまで、あと一ヶ月。
渋谷に現れたその装飾から、近々あの物語が始まるのだと理解できた。

警視庁の方で作成したダミーデータにも既にアクセスがあったらしい。
そのため、諸伏さんはこっそり警戒モードとなっている。
GPSは現在、絶賛毎日監視中だ。



仕事からの帰り道、飲み会があったため少し遅くなった日だった。
そんな夜に、ゆらゆらと歩いてくる、マントを羽織った人影。

正面から来たそれは、何も知らなければ、気の早いハロウィンの仮装とも思ったかもしれない。
それでも、私はそれがハロウィンの仮装ではないことを知っている。
左手に持った首輪の形状をした無骨な機械には、二つの液体が入っているらしく人影が歩みを進めると共に、不気味にゆらりと揺れた。

私が標的になるわけがない。
諸伏さんにはそう主張したけれど、どうやら謝罪しなくてはならないらしい。

二の足を踏んだ私を見て、カタカタと首が傾く。
怖い。
その左手にあるものも、その仕草も、全て。
じり、と後ずさった行動力があっただけ自分を褒めてあげたい。

私も相手も、ゆるりとした動きしか行わず、張り詰めた空気だった。
その静寂を切り裂くように、キキィ、と大きな音を立てて背後に車が止まった。

「ベガ!」

聞き慣れた声がして、私は自分が動く前に、腰に腕を回されて体を持ち上げられた。
浮遊感の直後、どさ、と衝撃があった時には既に車の中で、視界の中ではもう一人がドアを閉めていて、車は動き出したところだった。
ドアが閉まる直前、さっきまで目の前にいたあの人物がゆらりと揺れて、それがまた恐怖を煽った。

「っはー、ほんと、相変わらずヤバい空気してんな!」

そう言ったのは緑川さんの声だった。
頭上を見上げると、狐の面をして顔が割れないようにしている。
運転をしているのはどうやら研にぃで、こちらは狐の口元を形どった半面に、帽子onフードとサングラスで顔がわからないようにしている。
諸伏さんが全面のお面をしているのに研にぃが半面なのは、運転しているからだろう。
さすが警察官。
この速度は絶対に法定速度越えてるけど。

「アレが俺がいないときに皆が遭遇したヤバいやつ?」
「付けてるマスクは違うけど、間違いないよ」
「やべぇな。
あの手に持ってたのもあの時のと同じ爆弾じゃねぇの?」

彼の言葉を聞いて、ヒュ、と音を立てて息を飲んだ。

呟いたのは諸伏さんと同じように狐の面をした松田さんだった。
扉の開閉係がどうやら松田さんだったらしい。

「ばく、だん」

あの首輪が何かは分かっていたけれど、思わず呟いた。
目の前にいたあの人は明確な殺意を持っていた。
研にぃの半身に麻痺を残す原因となった爆弾犯と同じで、あの首輪をつけられたが最後、私は殺されていただろう。

「ひなちゃん?」

背中を預けていた諸伏さんから声を掛けられて、ビクリと肩が跳ねた。
バクバクと、今になって心臓が早鐘を打つ。
殺意を…悪意を向けられたのは、これが二度目だ。
ベルモットの時ほど自分に直接の被害がなかったけれど、ベルモットの時以上の明確な殺意だった。

この人たちは、あの人は、こんな冷たいところで、毎日を生きているのか。

「っは、はっ…」

そう思った途端うまく呼吸ができなくなった。
空気を吸っているのに肺に空気が詰め込まれることがない。

どうして。
どうしたら。
目が回る。

「過呼吸!?」
「誰か袋持ってないか?」
「んなもん持ってねぇよ!」
「いや、袋はダメだろ、他の方法!」

三人の声が聞こえる。
心配掛けるから、ちゃんとしなくちゃ駄目なのに。
どうして、ちゃんと息ができないの?

どんどん視界が霞んでいくのを意識の外で感じながら、胸元を抑える。

「っぁ…」

苦しいのか痛いのか分からなくなった頃、車内にピピピ、と電子音が響いた。

「僕だ」
「ゼロ!今ちょっとそれどころじゃない!」

車のスピーカーから聞こえた降谷さんの声に咬みつく諸伏さん。

「どうした!?」

電話の向こうの声が一瞬で焦る。
そんな降谷さんに、研にぃが説明しているのか声が車内に響いていた。

「落ち着け!
ベガと一緒に呼吸、吸うタイミングと吐くタイミングを整えろ!」
「あぁぁぁその手があった!」

体制を整えた諸伏さんが、リズムを取るように背中を叩く。

「少しずつ、俺と呼吸合わせて。
吸って、吐いて、吸って、吐いて」

声と、そのリズムに、少しずつ息が整って、息苦しさから解放される。
暫くして落ち着いた呼吸ができるようになると、諸伏さんは安心したように私から離れた。

「ご…め、もろ、ふし…さ…」

同時に、私の意識はブラックアウトした。