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夕方を過ぎた頃、エレベーターが動く音が聞こえた。
降谷さんが言っていた「来客」だろう。
予想通り、そこにいるのはコナン君だった。

目隠しを外してから眼鏡を掛けた少年は、降谷さんのことを認識してすぐに傍にある受話器を手に取った。
ここまですぐに反応できるって、本当に凄いな。
流石主人公様だ。

私には絶対無理。
現に、あの受話器を手に取れば降谷さんと会話出来ると分かっていたのに、私は研にぃに渡してもらっている。

なんてことを、彼からは若干死角になる位置から思う。
私から見えるということは当然彼からも見える位置だが、彼は気付かない。
まぁ、薄暗いことと目の前の降谷さんが入っている特殊強化ガラスのハコのインパクトの強さから考えれば、見えづらい場所にいる私など意識から外れやすいだろう。

二人で事件の話をしているのを聞いていると、ふと降谷さんの視線がこちらに向いた。
出てこい、ということだろう。
大人しくコナン君の傍に寄ると、コナン君が目を丸くしている。

「…え!?
なんでひなさんがここに!?」

ちらりと降谷さんを見ると、受話器を指差すので、受話器に耳を寄せると、降谷さんの声が聞こえた。

「ひなさんは、僕たちと関わり過ぎているんだ」

聞こえた声は、いつもの勝気な降谷さんの声だ。

「さっき送った中に、僕の同僚の写真も入れてある」

コナン君のスマホに映る、私も持っている皆の集合写真。
彼らの若さが顔だけでなく、体の厚みにも出ている。
きっと今の私よりもよっぽど大きいんだろうけど、今の彼らよりもずっと細い。

「諸伏と伊達は会ったことがあるね。
左が松田、右が萩原だ。
…ひなさんの名前は、七年前と四年前の爆発事件のときに松田と萩原と並び、二年前の交通事故のときにで伊達と並び、中学時代の交通事故のときに僕と諸伏と並んでいる。
今回、ヤツの標的を僕一本に絞るために松田、伊達、そして念のため萩原もそれぞれ死亡というダミーのデータベースを作成したが、流石に全ての調書を偽装はできなくてね。
彼女との繋がりは隠せなかった。
標的になるだろうと思って警護していたら案の定だ。
彼女もこの首輪爆弾を嵌められるところだった。
大事になる前に保護して、今はこのシェルターで過ごしてもらっている」

首輪爆弾の下りのところで、コナン君が勢いよく私を振り返る。
あはは、と苦笑すると、コナン君は何とも言えない顔で、何か言おうとした口をそっと閉じた。

「蘭ちゃんには秘密ね?」
「言えないよ、こんなこと」

そりゃそうだ。
間髪入れずに返事が来て、私はあはは、とまた笑った。

「ひなさん、首輪爆弾嵌められるところだったって言ってたけど、よく笑ってられるね…?」

おっと、私の神経が疑われている。
そんな図太い神経しているように見えるのかな?

そう思っていると、降谷さんが複雑そうに眉の形を変える。
心外だなぁ、と思いつつ、コナン君に返す言葉を選んだ。

「すっごく怖かった、けど。
知り合いのお巡りさんたちがすっごく頼もしいからね。
皆のお陰で、笑えるよ」
「…安室さんがひなさんに過保護になるの、分かった気がする」

ポアロでの事件で死体を見せないようにしていたこと等についてだろう。
そう言ったコナン君に、だろう、と降谷さんは苦笑した。

「中学時代の彼女との出会いも、彼女が車の前に飛び出すところだったからね。
しかもそれがきっかけでずっと植物人間だったって言うじゃないか。
その行動力は称賛に値するが、素直に褒めたくないところでもある」
「気付いた時には体が動いてたんだもん」
「だとしてもだ。
その後に君の身に起きたこと、わかってるだろう」

それ以上のことを散々している降谷さんにだけは言われたくない。
むぅ、と口を尖らせると全力のジト目で見られる。
シェルターに来て最初にした会話以降、降谷さんの遠慮が少し無くなった気がする。
それ自体は喜ばしいが、そのジト目は頂けない。
撤回を要求する。

「君は、何度交通事故に遭って、何度事件に巻き込まれて、何度病院沙汰になった?」

少し本音で話せる仲になったと思えば、既に詰るようになるとは。
このひとの心臓は鋼か何かかな?
身体能力だけじゃなくて心臓もゴリラだったとは初めて知った。

「事件に巻き込まれたのは私のせいじゃないもん…」

事故は確かに二度とも文字通り飛び込んだが、事件に巻き込まれて病院沙汰になった件は私に責任はないと思う。
…純黒の悪夢の時を除く。

ガラスの向こうでにっこり、と安室さんのように微笑んだ降谷さんが、受話器をテーブルに置いて両手の親指と人差し指で何かを抓む仕草をする。
何かと思って見ていると、唐突にその指を横にぐい、と引っ張った。

あれだ。
絶対にほっぺた抓ってる仕草だ、あれ!

ひっ、と息を飲んで両頬を包む。
そんな私を見て、コナン君が半笑いするが、ほんっとに痛かったんだよ、あれ、と一度食らった時のことを思い出して、涙目だ。
私の反応に満足したのか、降谷さんは受話器を取って椅子に座る。

「そろそろお別れの時間みたいだ」

まるで何も無かったかのように真面目な声色に戻って、コナン君に協力を依頼する。
その言葉に習うように、コナン君を連れてきた方がコナン君に目隠しをするために近寄った。

私はコナン君から受話器を預かって、彼の耳の傍に寄せる。

健闘を祈る。

あの映画でお馴染みになったその言葉が僅かに聞こえたあと、コナン君は背中を向けた。
介助を受けながら立ち去るコナン君を見送れば、受話器から再び声が聞こえる。
降谷さんが私を呼んでいた。

「なに?」

振り返って聞いてみると、安室さんの笑顔で笑っている。

「ひっ」
「ここから出れた暁には、覚悟しておくように」
「いやー!」

左手で頬を抑えて頭を振っていると、後ろでまたエレベーターの音が響く。

「…なーにやってんの?」

聞こえたのは研にぃの声で、その手には食事がある。
どうやら今日の夕食は研にぃが持ってきてくれたようだ。

「降谷さんがいじめる…」

そう言うと、ふぅん?と小首を傾げている。
受話器に耳を寄せた研にぃに説明するように、降谷さんが非常に簡潔に事のあらましを告げる。

「ひなさんが、今まで飛び込んだ事故や事件のことを反省していないようだったから」
「ちょっと待ってその言い方はずるい!」

思わず待ったをかけると、研にぃは心底楽しそうに笑った。

「その件に関しては、大人しくいじめられてもらわないとなぁ、ひなちゃん?」

だめだ。
この会話になればいつでもどこでも味方が居ない。
こうなったらやけ食いするしかない。
二人の会話を聞きながら、私は黙々と食事を取った。