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渋谷まで歩いて行けるところで車を降ろしてもらった。
風見さんとは次いつ会えるか分からないから、この数日の感謝と、恐らく引越しや他の時にも陰ながらお世話になってるだろうからその感謝も伝えた。

中和剤だらけとなった渋谷を見下ろすために、私は件の建物へ向かった。
屋上に着けば、そこにはもう五人が揃っていて、皆で地上を見下ろしている。

降谷さんと、研にぃと、諸伏さんと、松田さんと、伊達さん。
私が焦がれた、大好きな人たちだ。
本来なら並ぶはずのない、大きな背中。
目の奥が熱くなって、鼻の奥がつんとした。
そんな自らの症状を全て無視して、私は声を掛ける。

「お疲れ様、お巡りさん」

身体ごと振り返ったのは、研にぃと諸伏さん。
顔だけ振り返ったのは松田さんと伊達さん。
微動だにしない降谷さんの視線は、おそらく未だ地上だ。

緑川さんの姿ではなく諸伏さんの姿とは、また珍しい。
公安関係者がウロウロしてそうだけど、大丈夫なのだろうか…。

「ひなちゃんもお疲れ様」

研にぃの言葉に、私はあの部屋に居ただけだけど、なんて思ったけれど口には出さない。
手を差し出してくれた研にぃの手を素直に取ると、傍に引き寄せられた。

「わ、夜ここからだとちょっと怖い」

転落防止、かつ景色がよく見えるように一面にガラスがあるが、ガラスの為手を伸ばせばその向こうまで行けてしまえそうだ。

下を除くと、赤と青の液体が段々と緑に変わっていく。
彼らが表で、そして裏で戦った証だ。

私が知ってるのは降谷さんひとりの偉業だ。
五人がいる状態でそれが役割分担されたのか、それともやっぱりひとりでやり遂げたのか、詳細は分からない。
でも、それぞれがそれぞれの場所でやるべき事をやったのは間違いないのだろう。
その結果が大爆発を逃れた渋谷と、国際的に有名な爆弾魔の逮捕だ。

皆の顔を見比べて、それぞれがどこか誇らしげな表情をしている。

五人のその表情が見れただけで、涙が出そうだった。

ふと、足音が聞こえた。
ちらりと振り返ると、そこには汚れた服装のコナン君がいる。

「ここに居たんだ。
なんとかなりそう?」

そう言って彼の横に並ぶコナン君に、降谷さんは小さく笑った。

「あと一時間もすれば、完全に中和できるらしい」
「流石公安。
仕事が早いね」
「流石なのは君の方だよ」
「え?」

不意に言われて、コナン君がスクランブル交差点から降谷さんへと視線をずらした。

「よくあんな手を思いついたな」
「ヒントをくれた人がいるんだ。
随分前のことになるけど、警察学校の制服着た人が、水道管の水漏れをああやって野球ボールで防いでくれたことが、あった…って…新一兄ちゃんが…」

ちらりと研にぃの顔を見上げるコナン君。
そんなコナン君を見て、研にぃはウィンクをした。
ビクゥ、と肩を揺らす彼に心の中で苦笑する。

それは、コナン君。
自白してるのと変わらないって。
人から聞いた話で容姿までは分からないでしょう。

そんな二人のやりとりを横目で見ていた降谷さんがふは、と笑う。
笑い出した降谷さんを奇異の目で見るコナン君に、今度は思わずしっかりと笑ってしまった。
実は降谷さんがよく笑うなんて、仕事上の彼しか知らない人だと想像付かないよねぇ。
そんなことを思っていると、コナン君の視線は今度は私に向いていた。

「ひなさんは…一体、何者なの?」

以前、あの宅配トラックの時にも聞かれた質問だった。
話を逸らしたいのかもしれないが、何者、と聞かれても返事に困る。
なんて答えようかと考え始めると、横から研にぃが言葉を発する。

「神様だよ」
「「え?」」

その言葉に、私とコナン君はぽつりと呟いた。

「ひなちゃんは俺の、」
「俺たちの…かな」

研にぃの言葉を遮るように言う諸伏さん。
その言葉を汲み取って、研にぃはまた笑った。

「…俺たちの、神様だ」

かみさま。
そんなことを言われたのは初めてだ。

誰も否定しない、のは…なんで?
キョロキョロと五人の顔を見比べても、誰も疑問すら浮かべていない。
当たり前に享受して、微笑むのは、どうして?

「あの…研にぃ?
諸伏さん…?
かみさま、って…?なに?」

二人が顔を見合せて、また笑う。

「別にぃ?」
「ひなちゃんが気にすることじゃないよ」

そうだな、と笑う伊達さんに頭をワシワシと撫でてくる松田さん。
その余りの強さにバランスを崩して、私はガラスの方へ倒れた。

「わー!
怖い怖い怖い!」

思わず一番近くにあった腕にしがみつく。
しがみついた人が手を差し出して体を支えてくれたから、ありがとう、と呟いた。
そのしがみついた腕を視界に入れると緑色のジャケットが見えて、私は思わず目を見張った。

待って。
これ、見覚えある。
そう思って腕を辿って視線を上げていくと、その腕の持ち主は降谷さんで、私は思わずフリーズしてしまった。

「大丈夫か?」
「あぅ…、大丈夫…」

ばっとその手を離して体制を整える。
まさか降谷さんにしがみついてしまうとは。
自分の行いに赤面してしまう。
あーもう、研にぃならこんな赤面せずに済んだのに。
松田さんの馬鹿。

「ゼロ、最後まで見てる?」
「いや。
撤退が始まる前に風見に任せて抜けるさ」

よし、と諸伏さんが口角を上げる。

「じゃあひなちゃんちで打ち上げでもしようか」
「え」

私の家って確定なのか。
そんなことを思っていると、周りの大人たちが騒ぎ出す。

「さんせーい!」
「しょーがねーなぁ、ボーナス変わりってとこか」
「っし、全員参加だな」
「全員って…僕もか?」
「当たり前だろ」

ダメだ、これもう静止とか意味ないやつだ。
はぁ、と小さく息を吐いた。

「ひなさん?
大丈夫?」
「聞いた?
コナン君。
あのひとたち、男五人で妙齢の女性の家に酒盛りに来るんだって…」

コナン君に目線を合わせてしゃがみ込んだあと、顎に手を着いて、騒いでる五人を眺めた。
同じように五人を見たコナン君が半眼で笑ってくれたけど、ふと私を見てその目を見張った。
ぼろぼろと涙が零れてきたのを、必死に拭う。

「ひなさん…?」
「あはは、皆には秘密ね」

人差し指をコナン君の口元に当てて言うと、彼は戸惑いつつも頷く。

「…嬉しいんだ。
あのひとたちが、一緒に居るとこ見れるの」

初めて、五人が揃ってるとこに居合わせた。
安室さんじゃなくて、緑川さんじゃなくて、ちゃんとした、五人。
そこに流れるのは当然のことながら、安室さんと緑川さんと居た時とは違う空気感で、私が画面越しに見ていた彼らの空気と同じで、それでいて年月が経った分だけ異なっている。

次いつ五人揃っているところに出会えるか分からないから、今日のこの時間を目いっぱい享受しよう。
そう、誓った。

「じゃあ、先に行ってるよ、ゼロ!」
「ひなちゃん、何ぼーっとしてるんだ?」
「置いてくぞ、小娘」
「ちょっと待って松田さん会場私の家ですけど!?」

最後に目いっぱい涙を拭って立ち上がる。

「コナン君は?
一緒に下行く?」
「あ…、うん」

頷いて着いてくる少年と一緒に、屋上を後にした。