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ふと、降谷さんが卵焼きを頬張った時だった。

「…あれ、ヒロ味付け変えたのか?」

そう言われて、私のノミの心臓はビクリと跳ねた。

「出汁巻き玉子?
それ作ったの俺じゃなくてひなちゃんだよ」

目を丸くした降谷さんが私を見る。

「ごめん、美味しくなかったら、手付けなくて大丈夫、だから…」

人並に作れるつもりだが、自分の料理が美味しい自信はない。
そう言うと、降谷さんはいや、と慌てた風に言った。

「ヒロの料理のつもりで食べたから違和感だっただけで…」

研にぃの影に思わず隠れる。
そりゃ舌の肥えたシェフ二人に満足してもらえる料理なんて作れないけど…!
やっぱ作らなきゃ良かった、とほんの数十分前の自分を呪う。
他の料理も今の内に下げてしまおうか。
そんなことを考えていると、ぽつりと呟かれた降谷さんの声が鼓膜を揺らした。

「美味いよ」
「え…」

恐る恐る顔を上げると、少し頬を赤くした降谷さんが口角を上げていて、顔面がお酒とは別に赤くなるのが解った。

「それなら、よかった…」

恥ずかしさを紛らわすために、私はお酒を煽った。



ゆらゆら、ゆらゆらと揺れる。
心地よい揺れに目を覚ますと、そこには降谷さんのドアップがあった。

「ひぇっ」

ポツリと声を零すと、下を向いた降谷さんと目が合った。

「起きたか」

あれ。
どうしてこんな降谷さんのアップ。
いや、膝裏と背中の温かさから姫抱っこされてるのか。
え?
どうして私降谷さんに抱えられてるの?

状況が理解できず目を回していると、すとん、とベッドに降ろされた。

「酒煽って潰れたから。
暫くはソファに寝かせてたんだが、皆も寝たし風邪引くと思ってベッドに寝かせに来たんだ」

そうだ、酒を煽ったあと少し話している内に眠くて寝てしまったんだった。
一番精神的にも体力的にも無茶したであろう人が最後まで起きてたのか。
この人は本当にゴリラ…基鋼の精神をしているなぁ。

「ありがとうございます…。
…降谷さん、帰る?」

服、まだ乾いてないと思うけど。
この時間帯ならスウェットでしれっと出て帰れるだろう。

「いや、もう少し居るつもりだ」

てっきり帰ると思っていたから、その返答が来たのは予想外だった。
私がそう思ったことがわかったのか、降谷さんは苦笑した。

「たまには、同期孝行しないとな」
「ふふ。
話聞いてて思ったけど、やっぱり降谷さんと安室さんって違うよね」

安室さんと誰か、がいる所は時折見かけることが会ったけれど、態度も反応も降谷さんとは異なる。
松田さんなんかはそれを楽しんでいるところがありそうだけど。

「安室は、あいつらと半年も馬鹿やってないからな」
「松田さんと殴りあったり、本来捜査しちゃいけないのに関わったり?」
「そういうこと」

にっ、と口角を上げた彼に合わせてクスクスと笑う。
くぁ、と欠伸が零れた。

「疲れただろ。
眠った方がいい」
「うん、そうなんだけど…」

明日、皆がこの家から出たらまた安室さんと緑川さんになってしまう。
この五人でいる時間は夢と変わらないのだ。

「眠りたくないなぁ」

私が思ったことを察したのかどうかは分からないが、降谷さんは私の肩押して、ベッドに倒した。
本来ならイチ女子として警戒心やらを持つべきなのだが、疲れと酔いでそんなものは頭の片隅にも残っていなかった。
わー、と間の抜けた声を降谷さんは溜め息ひとつでいなした。
その大きな手で、頭を撫でられる。

…あれ。
事件の最中でもなく、触れられるのは、初めてじゃないだろうか。

以前にそれでベルモットの変装を見破った私としては、その違和感は容易に思いついた。

「降谷さん、本物?」
「偽物に見えるのか」

どちらかと言うと見えない。
ベルモットは、安室透のフリならともかく降谷零のフリはできないだろう。
降谷零としての認知を彼女はしていないはずだ。
だから素直に見えない、と言うと、彼は安心したように息を吐いた。

「君は一体どこで僕を見極めてたんだ」
「…企業秘密」

果たして、次にベルモットの変装した安室さんに会った時、私は分かるのだろうか。
そう思ったあと、目の前の降谷さんを見ると、彼は少し面白くなさそうに口をへの字に曲げていた。

あぁ、でも。
あの時は恐怖で気が動転していたけれど。
落ち着いてみれば、違うかもなぁ。

「ふふ、偽物の降谷さんと安室さんが現れても、私、絶対間違えない気がする」
「え、どうして?」
「企業秘密」

ふに、と頬を緩く抓られた。
ふにふに、ふにふに、ぎゅむ。

やたらふにふにされると思ったら、降谷さんが唐突にジト目になってその指に力を込められた。

「いった」

いきなりどうして、と彼の顔を見上げると、ジト目が一瞬でイイ笑顔になった。
その表情に、思わず息を飲む。

「そう言えば、説教がまだだったな?」
「いやほら、私寝ないと」

ぎゅむぎゅむと力の一杯引っ張られて、私は思わず暴れる。
そんな昔のことで説教とかされたくないに決まってるでしょ。
でも、悲しきかな。
力は当然降谷さんが上で、暴れる人間を取り押さえるのなんて職業柄朝飯前だろう。

抑えられた上で全力で頬を抓まれる。

「いひゃいいひゃいいひゃいーーー!」
「うるさい。
あいつら起きるだろ」
「ひひゃ、ひょっくにおひひぇるれしょー!
ひぇんにー!もりょふひひゃん!らてひゃんまちゅらひゃん!!」

冷静な降谷さんに噛み付いて、皆の名前を順に呼ぶとガタ、と音を立てて扉が開いた。

「ヤラシーことしてんのかと思ったらガキか、お前ら」

欠伸を噛み殺しながら松田さんが部屋に入ってくるその背を追って他の三人も入ってくる。
松田さんへジト目する思いを指に込めたようにギギギ、と力が強くなり私はもう涙目だ。
否、もう泣いてる。

「いひゃぁああ!」

なんで私が当たられなくちゃならないのか!
謝罪を要求します!