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萩原、松田、そしてひなさんと関わりのある爆弾犯が脱走したと聞いて、僕は風見と共にその後を追うことにした。
とある立体駐車場、車の中で風見と並んで座っていると、風見はタブレットを見ながら呟いた。

「本当に来ますかね」
「特定のタレコミだ。
望み薄だな」

風見のタブレットの中には、過去に起きたタワーマンションの爆発事件の写真が写っている。
記載されているのは今年その犯人を捕まえたという最新の内容だが、記事ではタワーマンションの事件と観覧車の事件にも触れていた。
なお、過去の観覧車の爆弾事件に関しては、解体したはずの爆弾が輸送中に爆破、ひとりの爆発物処理班の男が殉死したという記事に現在差し替えている。

もちろん公安が行った作業だ。
ヒロが三年前のあの爆弾を作った男が裏で動いているということを掴んだから暫定処理として行っているだけで、片を着けたら全て修正しなければならない。
…まぁ、そこは再度萩原とヒロに全て任せることになるが。

「この男なんですよね。
降谷さんの同期と彼女を…その、」

殺した訳ではない。
同期達は爆発物処理班として対応していただけで、職務を全うしただけだ。
彼女は完全に巻き込まれた形ではあるが。

萩原に関しては、防爆スーツを着ていなかったという批難も聞いているが、後々の流れを聞くに、着ていれば逆に助からなかったかもしれないと言う。
そうなると、頭ごなしな注意も出来ず誰もが口をへの字にさせたのは当時の爆発物処理班の上層部だ。
萩原はその後復職したが、半身に痺れがあることが発覚して部署異動となっている…、が、辺りで誰が聞いてるとも限らず、風見は口篭る。

「すみません、余計なことを」
「どうも引っ掛かるんだ。
爆弾の知識はともかく、脱走の計画を練り実行するだけの力がその男にあるとは思えなくてね」
「それってつまり」

風見が僕の言葉の真意を追求しようとした時、タレコミ通り姿を現した、逃走犯と同じ顔をした男。
その男を見つけた僕の反応を見て、風見も一度は僕に向けた顔を正面に向けた。
音を立てないよう細心の注意を払い、僕と風見は男の後を追う。

車で逃走しようとしたのか、駐車してあった車の窓を力任せに殴りつけている。
近寄った僕と風見に気付いて逃げる男の後を追えばスロープを上がったところで男は振り返った。
助けてくれ、と呟くその首に巻かれた武骨な機械が赤く点灯した。

あれは…。

嫌な予感が脳裏を過ぎり、僕は思考を巡らせる。
ちらりと見えた二色の液体に、僕は息を飲んだ。

「風見、離れろ!」
「え?」
「助けてくれェ!」

僕の声に反応した風見に手を伸ばした男の、その、首輪。
その首輪の内部で二色の液体が混ざり、辺りに爆風を起こした。
凄まじい音とその熱に吹き飛ばされて、僕はスロープから転がり、駐車場へと倒れた。
風見に声をかけるが、近く居ないことに気付いて顔を上げる。
駐車場の柵に見慣れたモスグリーンのスラックスを履いた足だけが見えて、今にも落ちようとしているのが分かって僕は走った。

誰一人として、この手から零してやるものか。

その一心で伸ばした手で風見の足をしっかりと掴む。
筋肉の着いたガタイのいい男なだけあっていくら僕と言えども支えるのは厳しいが、だからと言って落とす訳には行かない。
ゼロになってから、無茶をする僕に追いつこうと奔走してくれる自慢の部下だ。

「風見…!」

その救出に手一杯になっている間に現れた、マスクの男。
あぁ、やはり。

あの男が、ひとりで脱獄できるわけが無かったのだ。

「三年振りだな。
やはりあんただったか。
やつを脱走させれば僕が出てくる。
そういう読みだったんだろ」

その手に持った、恐らく男が首に付けていたものと同じ首輪。
右手も左手も離せない僕はロクな抵抗もできず、その首を差し出したも同然だった。

「く、そ…」

僕の首に首輪を付けた男は、そのままどこか楽しそうな足取りで去っていく。
あの男を使って僕を釣ったように、僕を使ってヒロを釣る魂胆なのだろう。
男の読み通りに動いてしまったことはあまりに情けないが、なってしまったものは仕方がない。
早急に風見を引っ張り上げて、僕は“緑川”に連絡をした。



その日、そのまま公安の地下シェルターに入った僕は、萩原と松田を呼び出した。

「オイオイ、何やってんだ、公安様よぉ」
「五月蝿い。
僕だって好きでこうなったわけじゃない」

三年前の経緯は、萩原には既に伝達済みだ。
松田から既に聞いていた話でもあっただろう。
概要は言わずとも伝わっていた。

「あの時の犯人を捕まえる。
手伝ってくれ」
「それはもちろん、やるけどね」
「余りにヤバすぎねぇか?」

怖いのは、この後だ。
あの男のヤバさは既に分かっている。
この危険が彼女に及ぶ可能性があることが問題だ。

「ひなさんが危ないかもしれない。
彼女の名前は僕達から引っかかる可能性が高すぎる」

僕の言葉を聞いて、萩原がスマホを操作する。
ひなさんのGPSの場所を確認しているのだろう。

「ひなちゃんは今日は…まだ帰ってないな。
このまま迎えに行く。
明日以降もできれば休んで貰いたいけど…ひなちゃんと相談かな。
無理そうなら、通勤は緑川と…可能なら俺たちも護衛に回ろうか、陣平ちゃん」
「だな。
公安から伝えてもらえるんだろ?
所属にはよ」

にやりと笑う松田にあぁ、と頷く。
僕が動けない以上彼らに動いてもらうしかないし、松田と萩原にはこの首輪爆弾についても調べてもらいたいところだ。
暫くは公安チームの中で爆発物に関して指導、という名目で借り受けることにしよう。
風見にそう告げると、すぐさま手にある端末を操作し始めた。

「あと、捜査一課の伊達も内勤に回せ」
「はい」

一度ガラスの内側に入った松田と萩原に首輪の細部を見てもらい、そのまま二人の背中を見送った。
ガラスの反射で嫌でも目に入る首輪に、僕はひとり溜め息を吐いた。