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部屋に着いていた部下に指示して、萩原に電話を架ける。
ひなさんの明日以降の対応について確認のためだった。

「僕だ」
「ゼロ!今ちょっとそれどころじゃない!」

だが、 電話から聞こえたのは萩原ではなくヒロの声で、かつヒロの様子は慌てており、こちらは何も言っていないのに電話を切る勢いだった。

「どうした!?」
「迎えに来てみたら丁度あの爆弾男と鉢合わせたところだったよ。
保護したけど、今過呼吸起こしてる!」

危機一髪だったようだ。
ヒロの慌てた声とは別に、萩原が説明をしてくれる。
恐らく萩原が運転していて、ハンズフリーに繋いだから車内にいるヒロの叫びが聞こえたというところだろう。
彼女に何かあったなら萩原も取り乱しそうだが、恐らく運転し続けていること、そしてヒロほど彼女を真正面に相対していないこともあって落ち着いているのだろう。

にしても、過呼吸なら落ち着けば対処法も分かるだろうに。
余裕が無さすぎじゃないだろうか、警察官が三人も揃って。

「落ち着け!
ベガと一緒に呼吸、吸うタイミングと吐くタイミングを整えろ!」
「あぁぁぁその手があった!」

暫く、無言が続いた。
電話の向こうではヒロの声が微かに聞こえていて、少しずつ彼女の呼吸も落ち着きを見せたようだ。

「…ごめん、ゼロ。
助かった」
「いや」

ヒロの声も漸く落ち着いて、会話に成り立ちそうだった。

「ベガは大丈夫か?」
「あぁ。
今眠った…というよりかは、落ちたところかな。
丁度いいからこのままそっち向かわせるよ」
「分かった」

こうしてまともに連絡も取れなくなってしまったこともあり、公安の施設に居ることもあり、直接ヒロに連絡は繋げない方がいいいだろう。
今後萩原越しに連絡することを伝えると、ヒロは素直に分かった、と頷いた。
連携は取りづらくなるが致し方ない。
ヒロならばある程度は汲んで動いてくれるだろう。
通話を終えてから、僕はまたひとり溜め息を吐いた。

「…仕方ないとはいえ、動けないことがこんなにストレスとはな」

自分で動ければ、自分で助けに行って応急処置も直ぐに対応出来て、ここまでストレスにはならないだろうに。

…否、違う。
何をとち狂ったことを考えているんだ、僕は。

「…彼女のために、距離を置くと決めたばかりだろう」

どの口がほざくと言うのだ、助けに行く、などと。



一度、彼女をここに連れてきたことを報告に萩原が顔を見せて、そしてその後、本日既に三度目の顔見せとなった。
横には目を覚ましたひなさんが所在なさげに佇んでいる。
萩原から渡されたに受話器を受け取り、彼女はそれを耳に当てた。

「降谷、さん…」

機械越しの彼女の声が、鼓膜を揺らす。

「すまない、また君を巻き込んだ」

ひなさんは頭を振った。

僕はここが公安の所有する地下シェルターであること、彼女を狙って来たマスクの男のこと、保護のため暫くここに留まってほしいことを説明した。

「うん。
私がここにいることで、皆さんが動きやすくなるなら、そうしてください」

彼女がどうしてここまで僕たちに都合よく返事をしてくれるのか分からない。
分からないが、僕たちは常にそれを利用している。
とんだ卑怯者だな、と失笑してしまう。
勿論その笑いは表に出さないが。

「君の部屋は上の階に用意させた。
悪いがそこで過ごしてほしい」
「ありがとう。
でも、お願いがあるの」

いつものように都合のいい返事を続けくれた彼女が、珍しい言葉を紡いだ。
何か気になる点があっただろうか、と彼女の顔色を伺うと、ひなさんは息をひとつ吸ってから、意を決したように言葉を紡ぎ始めた。

「貴方の傍に居させてください。
仕事で私が聞いちゃいけないことがあるときはもちろん部屋に戻るから」
「それは…すまない。
難しい」

この首にあるのは爆弾だ。
先程着けられたばかりで、威力も、起爆手段も特定できていない。
僕の首が飛ぶ瞬間など、彼女に見せたいわけがない。

その思いで言葉を返すと、彼女は声を荒らげるでもなく、静かな声のまま、ぽつりと呟いた。

「私が知らないところで、皆が居なくなるのは嫌」

その言葉に、思わず息を飲んだ。

「我が儘だって分かってる。
居たところで何もできないことも。
それでも、私の知らないところで、降谷さんが居なくなるのは、嫌」

状況が分からなくても、こんなガラス体の中にいる僕を見れば、何かが起きていることくらいは察するか。
彼女と深い会話をする機会はあまり無かったが、彼女はそこそこ頭の回転が早いように思う。
当然ここで顔を合わせただけで気付いたことも多いだろう。

「君は、怖くないのか」

察したものがなにかは分からないが、最悪の事態は、彼女だって分かっているはずだ。

最初はあの事故だった。
彼女のその勇気がどこから来るのか、彼女をよく知らない僕には到底理解できなかった。

「怖いよ」

それは、縋るものがない子供のような、小さな小さな呟きだった。

「悪意を向けられたのは、あのホテルが初めてだった。
今日も、凄く、怖かった。
ひとりきりで外を歩くのも怖い。
部屋で蹲って縮こまってるのも怖い」

またひとつ息を吸い込んだ彼女は今にも溢れそうな雫を目尻に貯めて、呟く。

「でも、それ以上に、知らないところで皆が居なくなる方が怖い。
さっき道で会ったあの人は、降谷さんの首に着いているものを持ってた。
私に着けようとしていたんだと思う。
ねぇ、降谷さん…それは、なに?」

彼女の目を真正面から受け止められず、僕は目を伏せた。

「これは…」

なんて言葉を紡ぐべきかが咄嗟に出てこず、正面を向くタイミングも無くしてしまった。
なんて答えようかと逡巡していると、今まで黙っていた萩原が、ふは、と息を吐いた。
思わず反射で顔を上げると、萩原はひなさんの横まで歩いて、受話器に向かって言葉を投げる。

「降谷ちゃん、残念だけど、ひなちゃんはもう知ってるよ。
ソレ」

そう言いながら、萩原が指を差すのは己の首だ。
その指が示すのは当然僕の首のことで、この、首輪のことだと、いうのか。

「なっ…」
「知ってて、こう言ってるんだよ」

萩原からひなさんに視線を移すと、彼女は少し戸惑ったあと、へちょ、と下手くそに笑った。

「傍に居させてください」

萩原の言う通り、これが爆弾だと知っているのだろう。
その表情と、声色から、怖いのだという彼女の本心が伝わってくる。
それでも、この選択をしたのだと、彼女は健気に立って、僕と向き合っている。

だから、どうして君はそんなに真っ直ぐなんだ。
何も知らない、記憶喪失の女の子だったはずなのに。
気がつけば萩原の、そしてヒロの心の奥深くに居て、二人を介して僕にも寄り添おうとしてくれる。
その彼女の健気さが、そして強さが、僕には眩しすぎる。

そんな彼女に事実を伝えることが、僕のできる誠意なのだろうと、そう思った。

首に嵌められた爆弾に触れて、僕は呟く。

「…僕の首にあるのは、爆弾だ。
時限式なのか、無線式なのか…いつ爆発するか何も分からない。
今、この瞬間、君の目の前で爆発するかもしれない。
僕は、その現場を君に見せたいとは思わない」

そこまでを一息で言った後、でも、と小さく呟く。
真っ直ぐに僕を見てくれる彼女を、真っ直ぐに見つめ返す。

「君が、覚悟をしてくれているのなら。
傍に、居てほしい」

彼女は、強ばっていた表情をゆっくりと解いて、また泣きそうな顔で笑った。

「…はい。
よろしくお願いします」

どうして、この子はこんなに強いんだろう。
こんなに強くて、僕たちの傍に、居てくれるのだろう。

いつか、それを聞けることは、あるのだろうか。