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布団の中で天井を見つめる彼女は、相変わらず何も感じていないような目をしていた。
キュラソーを助けたと聞いたときは耳を疑ったが、先ほどの会話で、瞳以外の視認できる感情は日本警察に手柄を取られて悔しそうに歪んではいた。

裏切り者を自分の手で殺したいのか?
何人も群がる男たちを切り捨てるところは、昨年さんざん見ていた。
今日も何の躊躇もなくキールのことを撃ったし、僕に標準を向けてきた。
赤井を逃がした時も落ち込んでいたし、キールが赤井を殺したと聞いた時も荒れたそうだ。
この娘の考えることがわからなかった。

命に大事はないが、暫く足は動かないだろう。
潰れた工事車両に片足が挟まっていたのだ。
粉砕骨折の状態で完治までは半年から一年。

「…命に関わりはしませんが、暫く歩けないでしょう。
暫く家にいてください。
面倒くらいは見てあげますから」

そう言うと、彼女は目を見張る。
そのまま、僕が言ったことが信じられないのか言葉を繰り返した。

「めんどうを、みる?」
「えぇ。
どのみち、僕は今ネズミと疑われている状態ですからね。
上からの命令もありましたよ」

そう言って、実際に来ていたメール文を見せる。
スティルとの行動、怪しい点があればスティルにすぐ殺すよう指示が書いてある。
この文章を僕に送ってくるのだから相手も中々な頭をしている。

「安室透としての喫茶店のバイトがありますから、その間は盗聴器を付けるのでそこで確認してください」

ぽい、と枕元にトランシーバーを放る。

「では」

そう言葉を残して、僕は部屋を出た。
彼女が目を覚ます前に公安に関わるものは全て移動したし、風見にも連絡済みだ。
暫くは安室とバーボンの生活となる。

盗聴器に届かないようにため息を吐く。

気を引き締めろ。
スティルへの命令が僕の監視と場合によっては始末。
僕への命令は、ネズミ狩りの仕事をしている彼女の護衛だ。
ここで彼女を死なせれば、証拠があろうとなかろうとネズミと判断される。
間違いなく正念場だった。






ポアロでのバイトを終えて帰路に着く。
公安の仕事もできない、バーボンの仕事も現状入っていないとなると、あまりにも穏やかなバイト生活になりそうだ。

通り道のスーパーに寄って病み上がりのスティルに食べれそうなメニューを考える。
完全に日系人の顔立ちだが、彼女はお粥は食べられるだろうか。
ベルモットの妹、と考えると食べるイメージがわかない、
リゾットの方がいいだろうか。
…否、郷に入れば郷に従えだ。
お粥を作ろう。

ガコ、と音を立てて、そろそろ無くなろうとしていた米をカゴに放った。



家に帰って、最初に寝室を覗く。
が、口をあんぐりと開けてしまった。
布団の中に彼女が居ない。
一瞬最悪の事態を想定するが、すぐに彼女は見つかった。
ベッドとローテーブルの間に丸まっている。

「…一体どこで寝てるんですか」

思わずそう声をかけると、彼女は顔をこちらに向けた。

「ベッド、イヤなの」
「…僕のベッドが、という意味ですか?」

恐らく違うだろうが、念のため問う。
ここで頷くのなら新たに布団を用意するしかないが、予想通り彼女は頭を振った。
まさかソファや椅子で寝てる方が落ち着くのだろうか。
僕ですら眠りが浅いとはいえベッドを使うというのに。

「普段はどうしてるんです?」
「こうしてる」

まさかの床。
しかもフローリング。

「正気ですか?」

思わず口に出てしまった。
どこの忍や傭兵だ。

「落ち着かない」
「落ち着かない…?」
「ベッドって、あたたかくてやわらかいの」

それがいや、と動かないはずの膝を抱える。

「風邪ひきますよ」
「ひいてもいいの」

梃子でも戻る気はなさそうだ。

「せめて、ラグの上にしてください。
タオルケットだけでいいからかけて」

なんで、とでも言いたそうな目だ。

「そんな怪我している状態で風邪を引けば長引きますよ」
「どうせ暫く仕事できないし」

…こいつ。
いらぁ、としたのを全力で耐える。
とにかく耐える。
あと三秒、二、一。
よし。

「ひとまず、食事にしましょう。
作ってくるので待っていてください」

そう言って扉を閉める。
エプロンをして調理を始めた。



お粥を作り終えて、また寝室に入る。
相変わらずフローリングに寝転がる彼女に声をかけて、ローテ―ブルに茶碗を置いた。

「スティル、食事ですよ」

ん、と言いながら彼女は手を伸ばす。

「お粥作ったので起きてください」

その伸ばされた手を引っ張る。

「おかゆ?」

なにそれ、と言わんばかりの声色である。
やはりリゾットの方がよかったか、と思うが、数日間眠り続けたことを思うと胃に優しい物の方がいいだろう。

「日本のリゾットみたいなものですよ」
「りぞっと?」

突発性記憶障害か何かか、君は。
言いたくなるのを懸命に堪えて、どうぞ、と差し出した。

「…ごはんって、ゼリーの事でしょう?」
「は?」

何を言ってるんだ、こいつは。
一瞬出かかった素を懸命に閉じ込めて、僕はバーボンらしく笑う。

「ゼリーはおやつです。
譲歩しても体調不良時の食事で、一般的な食事ではありませんよ」

なにそれ、という目で見てくるのはやめてくれ、
本気か?
正気なのか、こいつは?

「いつもゼリーを食べてるんですか?」
「えぇ、子供の頃からずっと」
「外食は?」

ベルモットはよく外食しているし、ちゃんとした食事を取っている。

「しないわ。
外は危険だから」

姉妹で性格だけでなく、食生活まで変わることがあるのか?

「学校は行っていたのでは?」
「お弁当は食べてたわよ。
ゼリーとパン」

違う。
その順番は恐らくゼリーが主食になっている。
パンが主食だ。

「ベルモットは、このことを知っているんですか?」
「知ってるわ」
「彼女は何も言わなかったんですか?」
「私と一緒なのは、穢れるから」

唖然とした。
彼女の放つ言葉を真意が理解できない。
以前の対応から、決して仲がいい姉妹ではないとわかってはいたが、ベルモットは、そこまで彼女を毛嫌いしているのか。

彼女の何が気に入らないのかがわからない。
傍から見たら彼女は普通の人間だ。
目に、感情が宿らない以外は。
そんなところをベルモットが気にするとも思えなかった。

「…ともかく。
ここにいる間は僕と同じ食事をしてもらいます」
「え?
ゼリーで良い」
「ここでは、僕がルールです」

少々圧を乗せて言い切ると、彼女はつまらなさそうにコクリと頷いた。
ひとまずよそってきた粥を食べさせるが、普段がゼリーのみという食生活のせいか量が入らないようだ。
茶碗の半分も減っていない。
四肢が細いとは思っていたが、まさかゼリーしか食べていないとは思わなかった。
…よくこれで大の男一人抱えられるな。
ヒロだって、僕ほどじゃないにしろかなり鍛えていたはずなのに。

「少しずつ量を増やしていきましょう」

そう言うと、彼女はまたつまらなさそうに頷いた。