9
スティルが姿を消してから数日後、殲滅戦が行われた。
バーボンとして言われた配置からは早々に姿を消して、ビル内を歩く。
そんな中で、ベルモットと出会った。
彼女もどうやら配置から抜け出して好きに動いているらしい。
お互い銃を向けていて、下げることはしない。
「…やっぱりあなた、NOCだったのね」
元々疑われていたのだ。
気付かれるのは早い。
「貴方は、彼らのところに行くつもりですか」
返事はせずに問うと、言う必要はない、とでも言うように彼女は手を振る。
江戸川コナンと毛利蘭。
ベルモットが固執している二人の元へ行くつもりなのだろう。
「バーボン、貴方、あの子と暮らしていたんでしょう」
そう言われて思い浮かぶのはスティルただ一人だ。
「えぇ、数か月ほど」
組織から言われていた命令でもあったから返事は早い。
ベルモットは、暫く無言を貫いた。
だが、ふと、彼女は銃口を下ろした。
「あの子を解放してあげて」
真っ直ぐに見据えられた目で言って、彼女は僕に背を向けて歩き始めた。
その瞳に、初めて、スティルへの情を見た気がした。
何部屋か移動した後、何もない部屋でパソコンの置かれたデスクに腰を掛けているスティルを見つけた。
「あら、バァボン。
自分の言われたお部屋にいなくていいの?」
クスクスと笑う彼女に、ベッドで寝るのが怖いと言ったあの日の面影はない。
「一足先に襲われてしまいまして。
匿ってもらえます?」
そう聞いてみると、やぁだ、と返された。
「ねぇ、バァボン。
私の心臓はここにあるの」
そう言って左胸を指差す。
確かに、一般的に心臓はそこにある。
だが、彼女が何を言いたいのかは分かりかねた。
否、本当は、わかっている。
僕がNOCだと、彼女は気付いているのだろう。
「バァボンが知りたいデータはこのパソコンの中にあるんだけど。
でもね、パスワードもセキュリティもすっごく難しくしてるから、バァボンが解く前に、データ以上に大切なものが無くなっちゃうかもしれないわ」
「何かの頓智ですか?」
そう聞くと、さぁ、と彼女は肩を竦めた。
「ねぇ、バァボンが、ここを狙ってくれるなら、そう約束してくれるなら、パスワードのヒント教えてあげてもいいわよ」
そう言って、彼女はゆったりとした動作で、両手の人差し指と中指で、女子高生のようにハートを作る。
そしてそのハートを、またゆったりとした動作で、左胸の上に翳した。
ドクリと、心臓が一際大きな音を立てた。
「そのヒント、聞いたところで信じられるんですか?」
聞いたところで意味のない問いだ。
分かっているが、聞かずにはいられなかった。
「それはバァボンが信じるかどうか、じゃない?」
にっこり、と笑う。
あぁ、わかっている。
わかっていて言っている。
彼女はヒロの仇だ。
そこから僕と彼女の関係は始まった。
ずっと、憎くて、苦しくて、姿を見たくなくて。
なのに、彼女のいない部屋に帰ったときに寂しいと思ってしまった。
あの日、ベッドの上で彼女を抱き締めたいと思ってしまった。
彼女の笑顔を見たいと、願ってしまった。
こんなにも彼女を信じたくて、でも信じたくなくて、仕方がない。
「…わかりました。
そのハート、狙ってあげますよ」
彼女の言うデータが何なのかは想像がつかないが、彼女は事務的な仕事は大きく関与していないはずだ。
ということは、今までのNOC情報が入っている可能性が高い。
行方不明で片付けられていた者たちの最期がわかるかもしれない。
「ありがとう、バァボン」
また、彼女は笑う。
さっきまでとは違う、心からの笑みだ。
僕が見たいと願った笑みだ。
「ヒントは、“ママ”。
信じているわ、降谷零」
いやだ。
心が、全力で叫んでいるのがわかる。
どうして。
僕の大切なものは、皆いなくなる。
自分で殺してまで、僕はひとりになるのか。
そんな自分本位な考えを瞬き一つで胸の奥にしまい込む。
だが、僕は警察官だ。
そして、一よりも百を守る、公安警察の道を選んだ。
それが全てだ。
僕の撃った弾は、彼女の願ったところを通り抜けた。