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スティルはネズミ狩りの時にしか出てこない。
そう噂されていた通り、基本的に顔を合わすことがない。
だが、NOCだろうとチンピラだろうと、組織を裏切るものが出てくるときは必ずと言っていいほど顔を出す。
大規模の作戦ならその場で殺すこともあるし、小規模だと人気のないところへ連れて行き殺すことが多そうなイメージだ。

その日も、そんなネズミ狩りの仕事だった。

町の不良グループが少し凶悪化した、そんな連中の後処理である。
元々が違法組織ということで、殺しに抵抗はあるが、心理的な壁は低い。

心の軋轢があるとすれば、スティルとの仕事だということだ。
僕が作戦を伝えている中で、彼女は手持ちの銃のチェックやらナイフの刃を眺めたりしている。

集中しているのかそれとも暇だから手持無沙汰にやっているのか。
無表情からは読み取りづらい。

「ねぇ、バァボン」

流石はベルモットの妹だ。
話し方の癖が似ている。

「皆殺しでいいんでしょ?」

にっこりと笑う目はやっぱり笑っていない。
そこはベルモットと似ていなかった。
否、そもそも容姿もまるで似ていないのだが。
ベルモットは笑う時は心底楽しそうに笑うのだ。
まぁ、僕がベルモットに向けられる笑顔は大半玩具を見つけた、と言わんばかりのものだが。

「最終的には、ですね。
ビルの構造上逃げるところもなさそうですが、逃がしたくはないので騒ぎにならないようにしてください」

約五十人の小さな組織だが、残念ながらこちらは僕とスティルの二人だけだ。
騒ぎを聞きつければ二階くらいなら窓から逃げる者も出てくるだろう。

「貴方が奴らを相手にしている内に僕はデータを抜きます。
この三人は見つけても合図するまで殺らないように」

組織の顔である三名の顔写真を見せる。
恐らくこの程度の組織のデータならすぐ抜けるだろうが、抜けなかった時が厄介だ。
この三人はデータが抜けなかった場合の保険である。
そう言うと、彼女はOK、と頷いた。



データを抜くために潜入して早三十分。
無事抜き終わってスティルに連絡をすると、途端に辺りが騒がしくなる。
どんな殺し方をしてるんだ、とも思うが自分には関係の無いことだ。
巻き込まれないうちに自分も早く逃げなければ。



車に寄りかかって彼女が出てくるのを待つ。
ついでに見える範囲で逃げる者が現れるならそれも始末する予定だが、今のところその気配はない。

三十分もしたころ、血まみれの恰好で彼女は出てきた。

「酷い恰好ですね」

思わずそう言うと、そう?と笑う。

「銃って嫌なのよ。
死んでるんでしょうけど。
殺した感覚、ないんだもん」

そうして、ヒロも殺したのか。
そう言いたい気持ちを心の奥底に隠して、ため息を吐く。

「そのまま車に乗られたら迷惑です」

そう言って、後部座席に用意していた着替えを投げて渡す。
すると、目の前で彼女は服を脱いで新しい服に袖を通す。

「…君には恥じらいはないんですか」

僕の目線の前に、公道だ。
終電もなくなった時間だったから人目は少ないが、ゼロではない。

「…もうっ、バァボンったら。
見ないで?」

目の前で勝手に着替えだしておきながら何を言う。
こて、と首を傾げるのは年頃の女の子の仕草と変わらない。
まるで、映画のヒロインのようだ。
ベルモットの出てる作品を多く見たことはないが、こういった仕草の役もやったことはありそうだな、となんとなく思った。
ただ、スティルの言葉と仕草とは裏腹に、まるで目に感情が込められていない。
その才能は姉妹で分かち合えなかったようだ。

そんな全力の芝居っ気も一瞬で消えて、通常運転に戻る。
目に感情が宿らない彼女は常にどこか芝居染みているが、普段の振る舞いに不自然さはない。

「さ、もう乗っていいかしら?」

裾のレースが綺麗なスカートを翻して、彼女はくるりと回る。
上に羽織ったパーカーを被れば顔や髪にもついた血がシートに付くこともないだろう。
頷いた僕は、彼女が助手席に座ったのを見てから、運転席に乗り込んだ。



ふと、彼女のスマホに着信があった。
組織の人間からなのか、彼女はすぐに繋げる。

「もしもし、ママ?」

ママ。
ベルベットと彼女の母親か。
否、ベルモットの母親、シャロン・ヴィンヤードは既に死んでいる。

ならば、この人物は一体…?

「ウン、無事終わってるよ。
バァボンに汚れた服のまま車乗るなって怒られちゃったけど」

電話の向こうの声は聞こえない。
でも、彼女は心なしか穏やかな声をしているように聞こえた。

「…ウン。
おやすみ、ママ」

プツリ、と切った電話を膝の上に置く彼女に問うてみる。

「貴方がたの母親は少し前に亡くなっていませんでしたか?」
「本当のママじゃないわ。
私には、もうひとりママがいるから」

それ以上のことを話すつもりはないのだろう。
彼女はネズミ狩りだ。
深入りしすぎれば逆に怪しまれるだろう。
怪しまれれば危険だ。
ただでさえ僕は、ヒロが彼女に連れていかれるあの日、あの場に居合わせてしまっている。

言葉から察するに、あくまでスティルの「もうひとりママ」であり、ベルモットの、ではないということくらいか。
謎が積み重なっただけでなんの答えにもならない。
…だが、情報はどこで繋がるか分からないものだ。
記憶しておくに越したことはないだろう。



彼女を送り届け、家に着いた後、彼女の座ったシートを燃やしたい気持ちになったがどうにか堪えて消臭剤をかけ続けた。
ずっとずっと。
あの日のヒロの顔を思い出して、ヒロを抱えて行った彼女の背中を思い出して。
只管、ずっと。

カシュ、カシュ、と空になった音がした。
つい先日詰め替えたばかりなのに、一本まるまる使いきってしまった。
シートはぐっしょりと濡れていたが、これで少しはマシになっただろうか。

吐き出したくなった溜め息を飲み込んで、部屋に戻った。