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次の日から、私はマネージャーとして活動することになった。
「おはようございまーす」
早速朝練に顔を出すと、笑っていた部員が一瞬の静寂に包まれる。
その筆頭は金色の人。
「おはようございます、金城クン」
その静かな人たちをかき分けて、眼鏡の人が私の方に歩きながら来る。
「改めて、部長の木手永四郎です。
よろしく」
「金城ひなです、よろしくお願いします」
頭を下げると、木手先輩は掌を二回打った。
「皆。
マネージャーを紹介しますよ」
そう言うと、やっとか、という表情で部員が集まった。
…金色の人は、一人離れて立っている。
「新垣クンと同じクラスの、金城クンです。
まぁ、細かいことはこれから決めていくので、余り敵意は見せないように。
…特に、平古場クン」
木手先輩がそう言うと、金色の人は溜め息をついた。
「敵意を見せなきゃゆたさん?」
「まぁ、取り敢えずは譲歩しましょう」
「わぁーった」
金色の人、基平古場先輩は、諦めたように言って、一歩、近付いた。
それからは、距離は他の先輩よりも感じたけど敵意を感じることは少なかった。
まぁ許容範囲内かな、とも思う。
頑固な様子を見ると、真田先輩のようにも思う。
あ、でも真田先輩以上に頑固な人なんて、きっとこの世には居ないんだろう。
初めての朝練も終わって、教室に向かう前に木手先輩に話しかけられた。
「ちょっと、聞きたいんですが」
「何ですか?」
首をこて、と倒すと、木手先輩は何の反応もなく言葉を続ける。
幸村先輩だったら頭をぐりぐりと撫でられた筈なのになぁ、なんて思う。
「立海ではどんな事をしていたんですか?」
「私が、ですか?」
「当たり前でしょう」
即答されて、私は朝学校に来てからやっていた事を思い返す。
「朝は洗濯、ドリンク作り、部室の掃除。
休み時間とかに練習メニューの作成を手伝って、放課後練は朝の続きと球出し手伝って、合間にレギュラー以外の人のフォームや試合を見て、スコアの記入、部誌の記入など。
他には合宿・練習試合の手伝いといったところです」
私が言い終えると、木手先輩は驚いた目を見開かせた。
正気に戻ったのか、木手先輩は口を開く。
「優秀、だったようで?」
「少なくとも先輩方に好かれてたとは思います」
毎日仁王先輩や丸井先輩が鬱陶しかったからね!
「そうですか。
では、精一杯働いて貰いましょうかね…」
眼鏡のフレームがキラリと、光って、私はつい半歩後退した。
先輩。
いろんなことがありました。
でも、なんとか、貴方たちの待つ舞台に行く準備が、着々と進んでいるようです。
唯一人、平古場先輩を除いて、レギュラーの人は優しい態度で接してくれます。
彼らがどんなテニスをするかはまだ解りませんが、折角なので公式戦まで見ないで置こうかと思ってます。
あ、見ても先輩方には言いませんけど。
ということで。
試合は、来週というところまで迫っています。
兎に角部の雰囲気に慣れることから、頑張ります。
平古場先輩と、甲斐先輩の悲痛の叫びが聞こえた。
またやってる…。
そう思った瞬間に一瞬動きを止めて、私は洗濯物を干すという仕事を再開した。
彼らの叫び声が聞こえるのは、木手先輩があの緑の野菜を手にした時だ。
始めて聞いたときはつい駆けつけたけど、もう無視を決め込む。
「ひな」
浩一の声に呼ばれて、私は振り返った。
「どーかした?」
こて、と首を傾げる。
最近気付いたけど、どうやら私のこれは癖みたいだ。
浩一は自らの腕を付き出して、唯呟く。
「手当てしてほしいんやしが」
そんな浩一を見て、腕を見る。
そこには血塗れの中に擦り傷があった。
あと、何かで打たれたような痣も。
またか。
そう思った。
立海の皆も怪我が無かった訳じゃないが、ここまでじゃなかった。
毎日4〜5人は応急措置をしているように思う。
今日も、朝練から数えれば既に3人目だ。
「また?
一体どんな練習してんのよ…」
「見ればゆたさん」
そう呟く浩一に、私は溜め息をついた。
「あの人がいい顔しないじゃない」
そう。
私がコートの側に行くと、敵意こそ見せないものの、まるで見張るかのように私を見る一人の先輩。
言うまでもなく、平古場先輩だけど。
あの視線を身に受けるのは中々面倒…じゃなかった、辛いものがある。
そう、辛いの。
私は気付いてしまった。
立海では何気にちやほやされてたから!
悪意ってかなり辛く感じるの!
解るかなぁ、この気持ち!
寧ろ解って!って気分なんだけどね。
「ひな、百面相」
浩一に言われて、私は思考を停止した。
浩一に言われて始めて知ったけど、私はどうやら百面相までも癖らしい。
可笑しいな、立海では何も言われなかったんだけど。
指摘されてから一瞬真剣に考えたけど、あの人たちは心から私のそんな様子を楽しんでいそうだと容易に想像がついた。
もし今度会えたら聞いてみよう。
メールでもいいけどなんか面倒だし。
「まぁ取り敢えず、部室の方。
救急箱あっち」
そう言ったら、浩一は大人しく部室に向かった。
手当てをしていると、浩一は私の顔をじっと見ていた。
何だろう、米粒でも付いてるなら早く言って欲しいんだけど。
私はどれだけ恥ずかしい顔で学校に来たんだ。
「ひなを見ちょると、飽きないさぁ」
「ん?」
それはどういう意味だ、そう思ったけど、また百面相してたのかな、と考えた。
「…じゅんに、公式戦まで試合見るつもりないんばぁ?」
「ま、あと三日だしね。
地区予選頑張って?」
言外に見ないことを主張すると、浩一は一つ溜め息をついた。
「驚くんじゃないんどー」
「うん?」
「あと、わったーぬくとぅ、」
寂しそうな表情を浮かべた浩一。
何かと思ってこて、と首を傾げたら、浩一は一度深呼吸した後、ふわりと笑った。
「ぬーもあらん。
全国行けるようんかい、ちばるから。
立海と戦えるぬ、楽しみんかいしとけばゆたさん」
「…うん。
頑張って、応援してるから」
立海に未練はある。
正直、まだ仲間意識も。
でも、今はちゃんと、浩一達、比嘉中生が仲間だから。
そんな思いを込めて、私は呟いた。
その呟きに、浩一はありがとう、と笑った。