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コートの外から見ていると、知念先輩が私を見て笑った。
「えー、金城」
「金城クン。
お疲れ様です」
私の存在に気付いた木手先輩が、私の方に向かいながら、そう言った。
「いえ、これくらい…」
考えていた事を心中に隠して、私は笑った。
「医者の方は、なんて言ってましたか?」
「全治二週間、だそうです」
その期間に、木手先輩は表情を歪めた。
「そうですか」
その後に、木手先輩は直ぐいつもの表情に戻って、今度は平古場先輩を見る。
「…平古場クン、やれるね」
「当たりめぇやさ!」
何を、言ってるんだろう。
テニスラケットを握る先輩達を見て、思った。
待って、そんな。
「駄目です!」
自殺行為だよ。
完治する前から、しかも傷口すら塞がってないのに、練習するなんて。
叫んだ私を、じっと睨む先輩方。
それに負けないように、私は声を大にして叫ぶ。
「そんな、怪我、塞がってもないのに!」
「かしまさい。
わんぬ意思でやるって決めたんさぁ」
「そんな問題じゃない!」
平古場先輩が。
もし、テニスが出来なくなったら…?
それを考えるだけで、涙が溢れる。
もう、テニスが出来なくなる人を、見たくはない。
その瞬間に、居合わせたくなんて、ない。
「痛み庇ったら、フォームも可笑しくなる。
もう片足にも、負担が掛かる…」
「で?」
「テニスが出来なくなるかも知れないんですよ!?」
そんなの、だめ。
狂ったように叫ぶ。
「だめです、身体、大切にしなきゃ!!
気付いてからじゃ、もうっ…、もぅっ!!
全て、遅いのよ!」
ぐすぐすと、いつかの様に一人泣いていた。
そうしたら、やっぱりポンポンと頭を叩く人が居る。
「大丈夫か?」
頭の上から、そう聞かれて、私は首を横に振った。
「っ、遅い、んです。
テニスっ、皆、好きなん、でしょ?
だったらっ…休んでくだ、さい」
しゃくりあげながら、問う。
涙は止まらないけど、せめて、思いは伝えたい。
「もう、私みたいな人なんてっ、いらない…!」
「ひなみたいな、人?」
不意に聞こえた浩一の声に、私は頷く。
「…私、テニスプレイヤーだったの」
全員の、唖然とする声が聞こえて、私は顔を上げた。
「…でも、もう全力では出来ません」
左の足首をちらりと見てから、私は呟く。
「もう、コートで、走れないんです」
家族しか知らない事実を、私は初めて口にした。
私はジュニアでは名の知れたプレイヤーだった。
でも、あの日、私は怪我をした。
ちょっとした捻挫で、すぐに治ると言われた。
二週間後は試合で、怪我なんか二の次にして、私は練習した。
その試合とはライバルと呼べる友人が出る大会で、私は負けたくない思いでいっぱいで、ひたすら練習した。
捻挫した足は、試合が終わったら、彼女に勝ったら、治療に専念しよう。
そう思った。
痛みは酷くなる一方だった。
そして、大会の五日前には、右足まで痛みだした。
「今回の大会は止めとくか?」
コーチにそう言われて、私は咄嗟に首を横に振った。
戦わなきゃ。
コートに、立たなきゃ。
負けたくない。
その思いで私は一杯だった。
コーチとは大会の後に治療する事と、無理をしない事を約束した。
練習量は減った。
でも、練習後に、ストリートコートで試合をする日々が続いた。
大会当日、テーピングで痛みを誤魔化す。
誤魔化すと言っても最早右足も左足も異様な痛みが続いていて、誤魔化せるはずもない程だったけど。
でも、テーピングをしたから、まだ大丈夫。
そんな甘い考えが脳裏にあったのは事実だ。
痛みを耐えながらも、順調に勝ち抜く。
次はとうとう準決勝。
彼女も勝ち抜いてる。
頑張らなきゃ。
自然と、ラケットを握っていた手に力が入った。
ガチガチのテーピングをまた巻いた。
大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせながら。
あと二試合、頑張るんだ。
でも。
私の努力は、夢は、想いは。
決勝に届くことは無かった。
「準決勝中に倒れた私はそのまま病院に。
最終的には、もうテニスは無理だ、と診断されました」
暗くなった部室に、今居るのはレギュラー陣。
んー、私としてはこれ、封印したい過去だったりするんだけど……。
この話しで、平古場先輩が休んでくれるなら。
なんて安いものだろう。
だから、どうか。
どうか、「休む」って言って。
平古場先輩…!
「…はぁ」
溜め息を着いたのは、平古場先輩だった。
面倒そうな表情で、やっぱり面倒そうに頭をワシャワシャと掻く。
そして、平古場先輩は宙を見上げて、言葉を紡いだ。
「永四郎」
「…なんですか」
「休む」
「だと思いました」
次に溜め息を着いたのは、木手先輩だった。