マリオネットの組み分け

 人がひしめき合い、異様な熱気に包まれたキングズクロス駅。居るのは通勤途中の人々に新学期の始まる学生、そして……ホグワーツへと向かう、少年少女とその両親。
 雑踏の中を、シアはトランク片手に、フラフラと歩いていた。そう、フラフラと。数歩進む度に必ず誰かとぶつかり、相手はとても迷惑そうな顔をする。けれど、シアはそれもどこ吹く風。軽く頭を下げて、先を進んだ。
 シアが目指すのは、9と3/4番線。一般人の知らないそこに、ホグワーツへと向かう列車があるとのこと。

 シアはチラリ、と時計を見あげた。十時半。余裕がありそうで、一安心。
 何の変哲もない石壁。これが9と3/4番線の入り口……らしい。シアはそっと、壁に手を当てた。
 あるはずの硬い、ザラザラとした感触はなく、手が石壁にめり込んでいた。けれど、なんの感触もない。どうやら当たりのようで。
 シアはゆっくりと、石壁に入っていった。

 そこはプラットホームだった。人がちらほらとしかいなくて、先程までいた場所とは対照的。シアはヨロヨロと歩き出した。
 プラットホームに停まっているのは、真紅に輝く列車ひとつ。シアは迷うことなく、その列車へと向かった。あれが、ホグワーツ特急。

 列車の中はまだ閑散としていた。真面目な生徒が数人見受けられる程度。
 シアは手近な、誰もいないコンパートメントに座った。トランクは荷物置きに乗せられそうにないから、足元に。
 手持ち無沙汰なので、ぼうっとしていることに。幸いにも、今までもこうしていることは多かったから、慣れたこと。
 どれくらい経っただろうか。カタン、と列車が揺れ、少しずつ、窓の外の景色が移ろい始めた。一分後には、もうそこはどこかの草原。
 電車が止まるまでの間、シアは移ろう景色を、ぼうっと眺めていたのだった。



 大きな扉が、か弱そうな年配の女性──マクゴナガルと名乗っていた──の手によって開かれる。そこから見えた光景は、多くの新入生たちに喜び、感動、期待、そして不安を抱かせた。
 大広間から向けられる、幾千の熱い視線を受け、新入生たちは入場した。
 新入生たちを引き連れたマクゴナガルが向かうのは、大広間の奥の方にある、帽子と椅子。寂れた帽子は、この祝いの空間に似合わない。
 マクゴナガルが止まり、新入生たちを見る。誰かがこくり、と唾を飲み込んだ。黒いネクタイの集団に、緊張が走る。

 すると、妙な歌が流れた。歌っているのは、オンボロ帽子。各寮の説明をも兼ねた歌が終わると拍手が起きた。マクゴナガルが言う。

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」

 新入生たちに安堵の空気が流れる。そして、組み分けが始まった。
 次々に生徒の名前が呼ばれる。呼ばれない生徒はいない。それはもちろん、シアも。

「ランドール・シア!」

 名前を呼ばれ、シアはふらっと前に出た。慣れた場所へ行くかのように。その顔に緊張の色は一切見られない。
 シアが椅子に座ると、すぽっ、と帽子が被された。

「ほうほう……。君のような生徒は、珍しい。勇気もなければ狡猾さもなく、かといって知識に対する貪欲さも、誠実さや忠実さもない。君にはどの寮も合わない!」

 くつくつと、帽子は面白おかしそうに笑って言う。

「どの寮にも当てはまる生徒は比較的稀にいるが、当てはまらない生徒なんて更に珍しい! 君はまるで空っぽの人間だ! ふーむ……では、君に最も欠けてるものは、何だろうか。それを学べる寮へしてあげよう」

 シアはこてり、と首を傾げた。さらり、と整えられた黒髪が揺れる。

「……最も似合う寮じゃ、ないのね」

「もちろん普通ならそうするとも。けれども、君には全てが欠けている。だからそれでは選びようがない。そうだ、君には意思がない。だったら、そんな君が意思を抱けるように、人として大切なことを手に入れられるように、この寮にしよう。ハッフルパフ!」

 わあっ、と歓声が響き渡る。シアは立ち上がり、ふらっとそちらへと向かった。その間に、ネクタイの色は黒から黄色へと移っていた。

「ようこそ、ハッフルパフへ!」

 そう、男子生徒に話しかけられ、シアは軽くお辞儀をした。男子生徒は一瞬不満げに。けれど、すぐに他の生徒の組み分けが始まって、そちらへと意識を向けた。
 シアは視線を感じて、そちらを見る。校長がいた。真っ白な長い髭に、豪華な衣装。偉そうだけど、どこか親しみを感じる、不思議な人。
 校長はしばらくシアを見つめていたものの、防止が高らかに「スリザリン!」と叫ぶと、何事もなかったかのように拍手をした。
 シアは不思議そうに首をひねって、……すぐに忘れた。自分には、さほど関係のないことだから。