マリオネットと約束

「これとこれと、あとこれが参考になるよ」

「ありがとう、リドル」

半透明なリドルの手で示された書物を本棚から取り出しながら、シアは彼に礼を告げた。
午後の図書室。今は時間割の関係上空き時間であったため、今日は溜まっていた課題などを消化しにやって来たのだ。さっさと終わらせたいからリドルに協力を頼めば――もちろん答えを教えてもらうようなことはしてもらわない。というよりはする必要がなかった――快く了承してくれたため、こうして二人で本を漁っている。
リドルの示した本をすべて棚から取り出すと、シアは図書室の奥まった場所に行き、机に参考文献をどさりと置いた。椅子に腰掛け、それらを随時参照しながら少しずつ課題を進めてく。それほど大変な課題ではないのだが、どうやらリドルによるとシアの課題はいつも「まあまあ」の出来らしいので、それをより良くしようと思うと時間がかかるのだ。
羊皮紙にメモをし、頭の中でレポートの構成を考えながら必要な情報を拾っていく。ここから先はリドルは一切関わらず、シアだけの作業だった。
そうしているといつの間にか彼が背後にまわっており、髪に触れられる。リドルは幽体だから触れられたとしても感触はまったくないのだが、なんとなくシアにはそれがわかった。「リドル」と呼びかける。

「なに?」
「それはこっちのセリフ。なんで触るの?」
「……なんとなく、だね。嫌?」
「うん、邪魔」

そう言えばリドルはくつくつと笑った。面白おかしそうに、愉快そうに。シアは彼の手を振り払いつつ――触れられないのだけれど、そうしたつもりだった――再度本に目を落とそうとしたところで。

「――シア?」

声をかけられて顔を上げれば、そこには同じように何冊かの本を抱えたセドリックがいた。彼はシアがそちらに視線を向けるとにっこりと微笑んで「やぁ。久しぶりだね」と言ってくる。「お久しぶりです」と返せばクラリスと笑った。
セドリックは「話をしない?」と言いながらこちらに近づいてくる。「ちょっと疲れちゃって」

「そう言えば……OWLでしたっけ?」
「うん、そう。先生たちがすっごい量の課題出してくるから、シアも二年後覚悟しといてね」

「……肝に銘じておきます」と言えば、セドリックは何が面白いのかまた笑った。へにゃりと崩れたそれは、いつも朝食の席などでほかの生徒に振りまいているものとは違って、どこか素に近いように思えた。
そんな彼を見つめていれば、セドリックは机に本を置いて椅子を引き、シアの隣に腰掛けてきた。そして使われている参考資料、書き始めたレポートをちらりと見て目を見開く。

「……これ、よく調べてあるね。NEWTレベルの本もあるじゃないか」
「…………そう、なのですか?」
「そうだよ!さすが学年首席だね」
「……セドリックもそうだと聞きましたが?」
「けど僕よりも断然調べてあるよ」

「すごい、すごい」と彼は褒めるように言ってくるが、シアはそれどころじゃなくて。ちらりと隣でふわふわと浮いているリドルを見れば、彼は得意げに頷いていた。……この参考文献を教えてくれたのはリドルだから、つまり彼はシアにそれほどまで高度なことをやらせていたのだ。わざわざそこまでやらなくても良いことを。
つい彼の足を蹴飛ばせば――もちろんすり抜けてしまったが、彼も触れられたことはわかったらしく、こちらを見てきた。「どうしたんだい?」とものすごくキラキラした笑顔を向けて尋ねてくる。
「……覚悟してて」と言えば、彼はふふっといたずらっぽく笑ってそのまま姿を消した。無性に胸がざわざわする。

「どうしたの?」

そのとき降ってきた声につられて顔を上げれば、セドリックがきょとん、としたようにこちらを見ていた。

「……いいえ、なんでも」

そうとしか答えられなかった。彼にリドルの姿を見ることはできないのだから。
するとセドリックは「そう」と言って微笑む。その顔は、どこか寂しげに見えて。

「……ああ、そうだ。シアは今度のホグズミード行きどうする?サインしてもらえた?」
「はい」

三年生以上となるとホグワーツのすぐ近くにあるホグズミード村へ、決められた日は行くことができるようになる。しかしそれには保護者のサインが必要で、そう言えば一悶着あったな、とシアは夏休みを思い返した。
孤児院ではみんな平等であるべきだ。けれど孤児院の中で唯一、シアだけはほかの子と違いホグワーツに通っている(ちなみにさすがに魔法学校とは言えないので、孤児院長のミス・ウォーラム以外には全寮制の別の学校と言っている)。それでさえもほかの子とは違って��特別扱い�≠ネうえ、今回のように届け出を出さなくても頻繁にお金をもらって遊びに行けるのはさすがに差別では、という声が上がったのだ。リドルの知恵を借りて「課外学習に絶対必要なんです」と言ってなんとか説得したのだが、あれは本当にめんどくさかった。
……ふと、今更ながらになって、別にホグズミードの許可なんて貰わなくてもよかったのでは、と思った。シアの友人なんてセドリックくらいだし、ハンナとはまだ授業中しか話さないし……
と、そのとき、「じゃあさ、」とセドリックが口にした。はっ、と思考の海から浮かび上がれば、彼は穏やかそうな笑顔を浮かべていた。

「ホグズミード、一緒に行かない?」
「……ほかの子と行けばいいのでは?」
「でも、シアと一緒にいたいから」

そう言う彼は、おそらく友達のいないシアのことを慮ってくれているのだろう。「一緒にいたい」と言うことによって、シアが彼の優しさに甘えてともに出かけることに罪悪感を抱かないよう、表現に気をつかってくれている。

「………じゃあ、よろしくお願いします」
「うん、よろしく。当日は談話室で待ってるから、一緒に行こうね」
「はい」

頷けば、彼はふんわりと笑った。「そろそろ課題を始めよっか」と言われたので「そうですね」と賛成してシアは再度机に向かう。
その後は特に会話をすることはなく過ぎ、いつの間にか再び幽体となっていたリドルに髪をいじられながら、レポートを進めていった。