「あら、シア、おはよう。今日は早いのね」
いったい誰のせいだと、という言葉を呑み込み、「おはよう」とだけ返事をするとシアはそのまま身支度を始めた。ちなみにハンナ以外の同室の二人はすでに部屋からいなくなっている。確か彼女たちはマグル生まれだったから、ホグズミードがものすごく楽しみなのかもしれない。……そんなことを思うシアもマグル生まれだが。
ゆっくりと準備を進めているうちにハンナは楽しそうに部屋を出て行った。「シア、ホグズミードを楽しんでね!本当に素晴らしいところなんだから!」と言い残して。
一人きりになり、寝間着を片づけて髪を
ぼんやりとしながら、呟く。
「……リドルって私の髪好きだよね。よくいじってる」
「…………そうだね。うん、この僕が綺麗にさせたからかもしれない」
そう語るリドルは本当に満足げな表情を浮かべていた。器用なことに手だけを実態化させて、丁寧に丁寧に髪をほぐしていく。その仕草からも、彼がシアの髪を誇りに思っているのは容易に察せられた。
リドルが櫛を置くと、孤児院からもらってきたほんの少しばかりのお金――教科書を買う際に魔法界の金に換金済み――をカバンに入れ、寒さ対策もして部屋を出た。リドルは「楽しんできなよ」と言って姿を消した。どうやらセドリックと二人きりにしてくれるらしい。
ゆっくりと談話室へと向かえば、今年度初のホグズミードだからかみんながひどくざわついている。そう言えば去年も一昨年もこんなふうに騒がしい日があった……ような気がする。あんまり気にしていなかったけれど、その日もホグズミード行きの日だったのかもしれない。
そんなことを思っていると談話室についた。そこではカナリアイエローのネクタイをつけた生徒たちが男女問わず一人の男子生徒――セドリックの元に集まっていた。
「ねぇ、セドリック、今日は私と行きましょ!」
「いえ、私とよ!」
「私も行きたいわ!」
きゃっきゃと女子生徒たちがセドリックにそう言いよっているのを見て、これはどうしようか、と迷う。ともに行く約束をしていたのはシアだが、これほどまでに彼と一緒に行きたい人がいるのならば身を引くべきなのでは……?
そんなことを思って迷っている間に、セドリックがこちらに気づいた。「シア!」と名前を呼ばれる。
その途端、談話室中の視線がシアに刺さった。注目されることに慣れておらず、戸惑っていると、いつの間にか人混みをかき分けてきたのだろう、セドリックが手を取る。「行こう」という言葉に、反射的に頷いた。
ざわめきに包まれている談話室を、手を引かれて足早に去る。少し歩いてセドリックは立ち止まると、手を離し、こちらを振り返って「ごめんね」と、顔を歪めながら言った。
「たぶん、帰ったら大変なことになる」
「別に、大丈夫です。どうせ出かけるのなら噂になったでしょうし」
そう事実を告げれば、彼は余計にくしゃりと顔を顰めた。どうしたのだろう?と思っていると、彼は少しだけ視線を逸らし、ためらいがちに口を開いた。
「…………誘ったの、迷惑だった?」
「そんなわけありません」
思いがけない言葉に、シアは即座に否定する。そんなわけない。彼に誘われなければきっとホグズミードのことなど忘れて出かけようともしなかっただろう。そうでなくとも、リドルに何か買えと言われて、それを買いに行くだけで終わっていたに違いない。だから、だから、彼には本当に感謝しているのだ。
それに――
「――セドリックは、友だちですから。そんなこと絶対に思いません」
そう、言えば。
セドリックは嬉しそうに破顔した。「ありがとう」と言うと、今度はそっと手を上向きにして差し出してくる。
「お手をどうぞ、
「……わたしにお姫様だなんて似合わないと思うんですが」
「それでも。僕には可愛いお姫様だよ」
クスクスと笑いながらそう言うセドリックにシアはもやもやしたものを感じながら、その手を取ったのだった。