マリオネットとバタービール/セドリックの恋

ホグズミードは多くの人で賑わっていた。歓声を上げているのは初めてやって来たマグル生まれの子だろうか、人が多くいるにもかかわらず興奮しているのか店へ駆け出し、それを誰もが温かい瞳で見つめている。
シアもそれほどではないにしろ、目を輝かせて街の様子を眺めていた。それくらい、魔法で溢れかえった街はもの珍しくて。ダイアゴン横丁も同じように魔法で満ちていてキラキラとしていたが、あそこのような眩い輝きではなく、もっとこう、なんというか、温かみのある輝きで、シアはこちらのほうが好きだった。
きょろきょろとあたりを見回していると、楽しげな声が降ってくる。

「気に入った?」

顔を上げれば、セドリックがほかの人と同じような暖かな瞳でこちらを見下ろしていて。「はい」とシアは素直に答える。
すると彼は目元をやわらげた。

「そっか、それなら良かった。――じゃあ行こうか。まずは定番の三本の箒で、バタービールを飲もう」
「バタービールですか?」
「そう。魔法使いのための飲み物で……うん、とにかく行こう」

セドリックはそう言うと、シアの手を取って歩き始めた。人混みに苦労しながら進み、しばらくすれば明るく華やかなパブが見えてくる。「三本の箒」という看板があるから、おそらくあそこが目的地だろう。事実セドリックの足はそのパブへ向かっている。
ちょうどそのとき、グリフィンドール生がその中に入っていった。その後も何人もの生徒が続々と入っていくことから、本当にセドリックの言う通り人気というか、ホグズミードにおいて定番の店なのだろう。
彼に導かれて入れば、そこにはすでに多くの生徒がいた。「これがバタービールかぁ!」と大声で叫んでいる男子生徒は、頬を紅潮させて手にあるジョッキを興奮したように見つめていた。おそらくあれがバタービールなのだろう。
そのとき、セドリックによって隅のほうの席に案内される。

「シアはここで待ってて。僕が買ってくるから」
「……わかりました」

彼の言葉に頷き、シアは静かに椅子に腰掛けた。それをきちんと見ると、セドリックはバタービールを買いにカウンターまで向かう。
紳士的な態度だ。彼がいろんな人に人気なのも簡単に納得できる。そんなふうにぼんやりと彼の様子を眺めていれば、少ししてジョッキを二つ持ったセドリックが席へ戻ってきた。「はい、どうぞ」と言われて片方を渡される。

「ありがとうございます」

そう言ってジョッキに口をつけた。キン、と冷えた液体が口の中に広がり、喉を滑り落ちていく。パチパチと口の中で弾ける炭酸。……おそらく普通の人にとって、これはクセになるような飲み物なのだろうが、孤児院育ちであまりこういう物を口にしたことがなかったシアには、少々――いやかなり刺激の強いものだった。口内に広がる軽い痛みに思わず目を見開く。
するとセドリックが「どう?」と尋ねてきた。その様子はどこかそわそわとしたもので。
シアは正直に告げる。

「ちょっと……刺激が強いですね」
「そっか……」

途端、セドリックはあからさまに眉を下げた。
けれど、シアはジョッキの中に浮いた泡を見ながら「ですけど」と続ける。

「面白い飲み物だな、と思います」

今まで飲んできたことなかったから驚いただけで、この刺激自体は面白い。
そう言えば、セドリックはわずかに硬直したのち、安堵したように破顔した。あんまり表情が動かない自覚はあるからこれが本音だということが伝わるかどうか危うかったものの、どうやら通じてくれたようだ。
そう思いながらもう一口飲んでジョッキを下ろせば、彼は面白おかしそうに笑った。

「口に泡がついてるよ」

そう言いながら体を乗り出してくると、机の上に置かれていたペーパーで口元を拭ってくれた。……彼はシアのことを幼児だとでも思っているのだろうか? と疑念を抱いてしまう。
セドリックはゆっくりとまた元のように椅子に腰掛けると、「うん、もう大丈夫だね」と言った。
そんな彼を見て、シアは――――


***


セドリックはほうけたように対面に座るシアを見つめていた。彼女の動きに合わせてさらりと揺れる長い黒髪。対照的な白い肌はほんのりと色づいていて。目元はわずかに細待っており、淡い色の唇は少しだけ、ほんの少しだけだが口端が上がっていた。
それは――セドリックが初めて見る、シアの笑顔で。
どきりと心臓が跳ねる。セドリックは今までずっと、シアのことを妹のような、年下の、決して恋愛対象には入らない存在として見ていた。手のかかる可愛らしい子供だと思っていた。
それなのに。
この笑顔は、年相応の、美しい少女のものであって。
ああ、と、思わず感嘆の息をつく。すると目の前のシアがわずかに首を傾げた。「どうかしましたか?」と尋ねられて。
セドリックは――「何でもないよ」と咄嗟に笑顔を取り繕って言うと、未だにやかましい心臓を落ち着けようとした。しかしまったくなりやむ気配はなくて。
……認めよう、と思う。認めよう。今この瞬間、自分は彼女に恋をしたのだ、と――