瞼を閉じて3つ数えて

いかん。いかんぞ、これは。


何気なく起きて見知らぬ天井が出迎えた。何処だ、ここは。
とりあえず目を閉じて3つ数えてみる。









再び目を開いてもやはり知らない真っ白な天井が広がっていた。

広々とした部屋は間違いなくうちのものじゃない。だってうちの部屋はベットから起きたら絶妙に積み上げられている雑誌のタワーに占領されていて、いつ謀反を起こして崩壊しても可笑しくない危機に常に脅かされているからだ。

いやそんな事よりも今は何時だ。今日はバイトの日だから、早く出ないと間に合わない。この間遅刻して店長に怒られたばかりなのに、今日は遅刻する訳にはいかないのよ!
すぐそばに転がっていた携帯を掴み、時間を確認すると悲鳴を上げそうになった。

ヤバイ。やばすぎる…。慌てて散らばった服をかき集めて身に付ける。財布に携帯に、家の鍵…。
財布の中身を確認するとずいぶん寂しくなっている。それに更に悲鳴を上げそうになったが、電子マネーにはまだ残金が残されていた筈だ。多分、大丈夫だろう。とりあえず必要最低限な物は確認して部屋を飛び出した。


言い訳ではないが、隣に寝転がっていた男を気にしている余裕なんてこの時の私には無かったのよ。


全く、飲み会なんて参加するんじゃ無かった。揺れるバスの中でアルコールの臭いと共に盛大に吐き出された溜め息に顔をしかめた。




*


『セ、セーフ…!』

バス停から全速力で走り、バイト先のコーヒーショップの門を叩いたところで叫ぶと、パコンと丸められた新聞に歓迎された。

「いんや、ギリギリアウトだ」
『嘘っ、だったら走って来なきゃ良かった…くそぅ!』
「ばかたれ!」

パコンと再び振り上げられた新聞が音を立てる。

『痛い…』
「くさっ…!なんだその臭い…。とにかく馬鹿言ってないでさっさと着替えてこい」
『はぁい…』

店長ったら年頃の娘になんちゅうデリカシーのない事言うんだ!と思いつつロッカールームへ入る。


「なまえさんどうでした昨日?」

着替えて表に行くとニヤニヤと笑いながら篠崎が近づいてきた。

『最悪!』

こいつ主催の飲み会(と言う名の合コン)に参加したばっかりに知らないホテルで目覚めるわ、バイトには遅刻するわで寝起きから何もかも最悪だ。

「またそんな事言っちゃって、上手いこといったんじゃないんすか。今日着てきた服、昨日と同じっすよね?」

にやっと歪む眼鏡の奥を目掛け、指を突き立てる。

『目潰し!』
「うわ、何するんですか!あーあ、指紋ついた…」

ひどい、と溢しながら眼鏡を外してエプロンで拭いている。

『もうアンタの飲み会なんて二度と参加しない』

そう言うとふふふ、と笑いながら眼鏡を掛ける。腹立つな。

「美幸ちゃんという可愛い彼女の出来た俺には必要ないですから」

フフンと鼻で笑いやがった!

『あっそ』
「あれ、冷たいなー。もっとおめでとうとか無いんですか?」

今の私には誰かを祝福する慈愛の心なんて1ミクロンもないのよ。
フンと鼻をならしてワンサカきたお客さんに「いらっしゃいませー」と今日も声を張り上げるのだ。





昨日の夜からどうも慌ただしかったせいで、今日はいつも以上に疲れた気がする。はぁ、と溢れる溜め息にガクリと項垂れる。そうだ、今日はコンビニで栄養ドリンク買って帰ろう。奮発していつもより高いやつにしよう。
鞄を片手にお疲れさまでーす、と言いながら店の裏口から出るとちょうど篠崎も帰るところなのか出くわした。電話してるところを見ると、昨日出来た愛しの美幸ちゃんか。随分お熱いことで…。そんな篠崎に小さく声を掛けて通り過ぎようとした。

「あ。ちょっとなまえさん、待ってください」

「じゃあな」と電話を切った篠崎が渋い顔をしてこっちにやってくる。まさか付き合った翌日に痴話喧嘩でも勃発したか。他人の不幸は蜜の味とは言ったのは誰だったか思い出せないがまさに今の私の気持ちを代弁してくれている。

「今、水田から電話掛かって来たんですけど」

ちっ、違ったか。
それはそうと水田君。昨日の飲み会で可哀想に一人溢れてたから私が後半とかずっと相手してた子だ。そういや今朝ホテルに黙って置いてきちゃった。悪かったなと思いつつ篠崎の言葉の続きを待つ。

「昨日、目を放した隙になまえさん途中でどっか行って、結局一人で帰ったとかぼやいてたんですけど…」
『は?そんなはず…』

そんなバカな。

「昨日一体、誰と居たんですか?」

心配そうに瞳を揺らして見下ろす篠崎に、むしろ私が知りたいくらいだと言ってやりたい。


今日はコンビニでいつもより高い栄養ドリンク買って、温かいお風呂に入って歯磨きしてぐっすり寝よう。

渇いた笑いで誤魔化しながら今日のスケジュールを頭の中で復唱するだけで私の頭の容量は精一杯だった。





飲み会騒動も終結して(居酒屋で意気投合した人恋しい単身赴任のサラリーマンのオッサン説で落ち着いた、ふざけんな!)いつもの日常が戻ってきた。

あれから飲み会に参加する度に店長にまで「飲みすぎんなよ、あとオッサンに気をつけろ」という非常に不愉快な忠告を受ける破目になったことを除けばまぁ上手くやっていけていると思う。

客も少ない店内でエアコンの生暖かい空気のせいか頭がぼぅっとする。あ、私今なら立ったまま寝れそう。なんて思っていると一組のお客さんが入ってきた。
美男美女のカップルで、目の保養にはもってこいだ。内心ウキウキとテンションを上げてマニュアル通りに声を掛ける。

『いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?』

女の人が「えっと…はい。私はキャラメルラテで…」と鈴が鳴るような声で呟いて男の人に視線を向ける。その視線につられて私も男の人に視線を向けると目がバッチリ合ってしまった。
うへぇカッコいいな、涎でそう。と緩みそうになる口元を制してニコリと笑いかけると男の人の目が驚いたように大きく見開かれた。え、なに?そんなに私のスマイルは気持ち悪かったか。ゼロ円なんだぞ、と若干傷つきながらオーダーを待つ。

「あ、あなた…!」

どこか焦ったように見つめられ、やべぇこんな美形に間近で接した事なかったわーとパニクる脳を宥めて改めて『ご注文は?』と聞くと瞬きを繰り返して不思議な物を見るような目で見つめられた。…どうやらこのお兄さんに珍獣と間違われているみたいだ。

「ちょっと、お時間よろしいですか?」
『はい?』

そんなメニューあったっけ?と一生懸命思い出そうとしたが、思い付かない。私の返事をイエスと受け取ったのかお兄さんは腕を掴んで引っ張ってカウンターから引きずり出そうとする。隣の女の人もお兄さんの暴走に目を丸くして驚いている。

『ちょ、ちょっと…』

びっくりして腕を引こうとしていたら、異変に気付いた店長がこっちにきて「お客様、どうかなさいましたか?」と営業用の声でお兄さんに話しかける。助かった、と胸を撫で下ろしていると腕を掴んだまま店長を睨む。あ、店長が怯んでる。

「この方をお借りしてもよろしいでしょうか?」

負けないでよと強く祈りながら店長を見つめているとアッサリ「どうぞ、お好きなだけ…」という言葉だけが虚しく響いた。





店長に無情にも売られた私はお兄さんの後をトボトボ着いてきていた。なんでこんな目に合っているのかさっぱりだ。
因みにお姉さんは店で待機中だ。彼女ほっといて何やってんだと思わない事はなかったが、怖くて言い出せなかった。

段々人気のない路地に入り込んできた。灰色のパーカーのポケットに忍ばせた携帯を握り締める。いつでも助けを呼べるのを確認して歩みを止めた。

『あの、』

いつまでもこうして居ても埒があかないと、前を歩くお兄さんの背中に話しかけた。ピタリと立ち止まりこちらを向いたお兄さんにああ、やっぱりカッコいい!なんてこんな時に暢気に思ってしまう自分が信じられない。

「どうして…」
『?』
「どうして、黙って帰ったんですか?」
『はい?』

そんな真剣な顔で真っ直ぐ見つめられると自分の意思とは無関係に胸の鼓動が速くなる。いやいや、それはさておいて何の話だ。初対面の人にそんな事を言われる覚えはない。

『あの、どなたかとお間違いじゃないですか?』

初めてお会いしましたよね、と続けた言葉で表情を険しくさせたお兄さんがガシッと肩を掴んできた。

「なに言ってるんですか。とぼけるのもいい加減にしてください!」
『とぼけてなんか、無いです…』

ドアップで見つめられて最後の方はごにょごにょと口の中に消えてしまった。

「先月、ホテルで、一晩、過ごしたでしょう」

一音一音区切るように発せられた言葉でハッと弾かれたようにお兄さんを見ると綺麗な瞳とぶつかった。

『サラリーマンのオヤジじゃ…ない…?』

私の返答は彼の「はぁ?」と言う怪訝そうに歪められた眉に間違えたのだと悟った。





気まずい沈黙の中、蛇に睨まれた蛙のように身動き出来ないでいる私。まさに絶体絶命な状態だ。
ふと張り詰めた空気が抜けたような気がして顔を上げると困ったように苦笑しているお兄さんがいた。

「お仕事、後どのくらいで終わるんですか?」
『あ、えっと…今日は2時間位で上がりです』

ってバカ!なに正直に答えてるんだ私は!適当にラストまでですとか言っときゃ良かった。

「では迎えに参りますので待っていてください」
『は、い』

迎えってなに?怪しすぎなんですけど。ってそういやこのお兄さん、綺麗なお姉さんと一緒に来てたよね?あれ、絶対彼女だよね…じゃあなんで…?



*


結局、お兄さん(六道さんというらしい)の真意は分からないまま店に戻ると質問攻めにあうかと思いきや、店長に呼び出されてすぐさまスタッフルームへ連行された。

「なんだ、あの男は」
『いやぁ、それが…』

ことの経緯を簡単に話すと「オッサンじゃなかったのかよ」と呆れられた。私もさっきまでオッサンだと思ってました。

「で、どうすんだ?」
『とりあえず今日、私の仕事上がりに合わせて迎えに来るそうです…』
「そうか」

それっきり店長も黙ってしまった。

『どっ、どうしよう店長っ!?私、そういやホテル代払ってないよ…まさか取り立て?取り立てに来たのかもしんない。それか口でしたときうっかり噛んでアソコが大変なことになったとか?!そんでそれが原因で彼女と修羅場ったとかかなぁ…ヤバイよ、どうしよう……そうだ、今から急激に気分が優れなくなるので早退します』
「落ち着け、早退しても無駄だ。終わったら連絡するように番号渡されたんだろ?」
『いや、それはもう、ばっちりエプロンのポケットに忘れる予定だから全然大丈夫です』

マジで言ってんのかよ、と顔を歪める店長を他所にガタンと椅子から立ち上がる。

『とにかく、今から早退します。さっきのお兄さんが戻って来たら……自分探しの旅に出たとでも伝えてください。決して探さないで、とも』

「いいけどよぉ、どうなっても知らねぇからなぁ」

店長の声援(?)を背にバタバタと着替え鞄を引っ付かんで辺りを警戒しながら一歩踏み出す。どうやらお姉さんを送りに行ってまだ戻っていないらしい。良かった。





店を出た私が取った行動はまず銀行に行って多めにお金を下ろしてきた。それからバス停まで歩いて後はバスが来るのを待つだけだ。
明日は元から休みだったから今日と明日は家から絶対出ない!その場しのぎなのは分かってるけど、今の私には考える時間が必要だ。いきなり現れて美人な彼女ほっといて先月ホテルで一晩過ごしたよね、なんて言われてはいそうですね。なんて言えるか!とにかくゆっくり考える時間、落ち着いて整理する時間がほしいの。
携帯で時間を確認すると後5分で次のバスが来るからこれはもう逃げ切れたでしょう!いやー、案外簡単に逃亡って出来るもんなんだとにやにやしながらバスよ来い、と春を待つようにわくわくしながら待っていたらポン、と肩を叩かれた。

うかれ気分のままなんの疑問も持たずに振り返った私はすぐ後悔することになるのだった。




振り返ったまま私は固まった。

「お仕事、後30分ほどある筈ですよね?」

首を傾げながらニコリと眼前で笑うのは、可笑しいかな逃げてる筈の六道さんだ。あれ、目がちっとも笑って無いような気がする。気のせいかな。

『ちょっと気分が悪くなって、早退したんです』
「おや、それは大変ですね。心配なのでご一緒させて頂いても?」
『いいえ、お気遣いなく』
「遠慮なさらないでください。それに気分が悪いならバスで人混みに揺れるよりタクシーの方が良いでしょう?」
『いえいえ、ちょうどバスも来たことですし、これで失礼します』

そう言いつつ逃れるようにバスのステップに足を掛けようと踏み出した。すると身体が宙に浮いて、かと思ったらバスのドアが閉じたのだ。私を置いてそのままバスは発車してしまった。小さくなっていくバスの後ろ姿を見つめていたら、宙ぶらりんになっていた足が地面に着いた。こてんと頭に軽く重みがかかる。

「…仕事が終わったなら連絡しなさいと言ったと思ってましたが、僕言い忘れてましたか?」

今度は不機嫌さを隠しもせず、私の腰を掴んでいた手がお腹に廻された。こんな道の往来でされるとかなり恥ずかしい。

『あの、連絡、しようと思ったんですけど…』
「けど?」
『その、番号のメモが、どっか行っちゃって…』

本当はまだバイト先のロッカーの中に眠っているエプロンのポケットの中に小さく折りたたんであるんだけど。

「迎えに来ると言っていたでしょう」
『ごめんなさい…』

後ろからのただならぬ重圧に縮こまっているとよく耳に馴染んだ声が聞こえてきた。

「あれ、なまえさん?何してるんですか、こんなところで?」

そういや今の時間にシフトが入っていたっけ、と思い出す。

『し、篠崎ぃ…』

助けを求めるように篠崎の名を呼ぶ。

「誰です、あの男」

訝しるように篠崎を見て、そして私の顔を覗き込んでくる。

『バイト仲間です』

へぇ、と短く相槌を打ったままぎゅうとお腹に回された手に力が加わった。
元はといえば、篠崎が飲み会なんかに誘うからこんな訳のわからない事に巻き込まれてしまったのだ。だから助けろよ、と念を送ってみたが通じたのか通じていないのか、目が合った篠崎はヘラリと笑っている。

「行きますよ」

ぐいっと肩を引かれたかと思うと、いつの間に呼んだのかタクシーが停まって後部座席をぱっかり開けて待っている。どうしろと?開けられたドアの前で立ち尽くしていると肩を抱いたままふわりと再び浮遊感に襲われる。

『え、』

抱えられてタクシーに押し込まれたと気付いた時には既に「出してください」と運転手さんに声を掛ける六道さんがぴったり寄り添って出口を塞いでいた。

ちらりと窓の外を見ると、篠崎がひらひらと手を振っていた。人拐いの瞬間を笑顔で見送るなんてなんて薄情な奴だ。非力な私はあの有名な歌の売られていく子牛のように怨めしく篠崎を睨むしか出来なかった。




『わぁ、立派なホテルですね』
「白々しいですよ。」

連れて来られた先は先日、大疾走を繰り広げたあのホテル。冷静に考えてみると水田君なんかにゃラブホ代わりにほいほい利用出来るようなところじゃ無いや。
あの時は、バイトに遅刻しそうだったのでゆっくり周りを見る余裕なんて無かったが、改めて見るとなんと言うか……。

『私、こんなところのお金払え無いですよ』
「僕を馬鹿にしてるんですか」

心外だと言わんばかりに眉間に皺を作る。

『え、だってホテル代置いていかなかったから怒ってるんですよね?』

チラリと窺うと重々しく吐き出される吐息。

「違います」

丁度エレベーターが目的の階へ到着したと告げた。
エレベーターの扉が開き広々とした廊下の先には、ズラリと並ぶドア。なんだか自分がすごく場違いな気がして居心地が悪い。

『あの、そろそろ身の程を知ったので帰ってもよろしいでしょうか?』
「ダメです」

逃げられ無いように背中を押され近くの部屋の中に押し込まれた。そして何故か通されたのはバスルーム。

「見覚え、ありませんか?」
『いえ、全く』

こんなセレブリティな風呂に覚えなんかある筈もない。泡風呂とかバラ風呂とか似合いそうだ。いずれにせよ風呂に浮かべるものといえば、柚子くらいしか馴染みがない私には縁がないや。六道さんは「そうですか」と残念そうに呟くと、次に大きな鏡がある化粧台の前に立たされた。ぼけっと立っている自分と鏡越しに目が合った。隣に立つ六道さんとの身長差に改めて驚いてしまう。

「ここは?」
『知らないです』

そうですか、とまたもや残念そうにしている。さっきから一体何だというのだ。

「では、ここは?」

またもや通された部屋に踏み込んだ途端、なんとも云えない光景が一瞬過る。

『あっ…や、し、知らない、です』

脳裏を過った記憶は気のせいだと慌てて振り払って、そう答えたのに六道さんは黙ったままだ。




「そうですね、」

長いような短いような沈黙が続いて、その間ずっと六道さんの探るような視線を受けていた。だから、美形の視線には耐性がないんだって。熱を持ち始めた頬を冷ます方法を考えてみたけれどちっとも上手くいかなくて、早く何か喋ってよと思いながらじっと耐えていた。

「見ているだけじゃ思い出せないようなので再現してみますか?」
『は、』

ようやく口を開いたかと思えば、予想外の事を言われて、何を?なんて云う間もなく、あまりにも自然な動きに思考が固まりその間抱えられてそのままベットへおろされた。

『え、ちょっと、これは…』

やっとそう言った時には、既に六道さんの顔がだいぶ近づいてきていた。

「前もしたじゃないですか、こういう事」

にこりと人好きするような笑顔を向けられた。こんな近くでその笑顔は反則だって。

「君のここ、ホクロがありましたよね」

つう、と内腿の際どいところを撫でられて擽ったくて変な声が出た。
確かにそこにはホクロはある。そしてあの日トイレに行った時にとんでもない事になってて思わず悲鳴をあげそうになった場所でもある。

「思い出せないなら試してくださいよ」
『いや、そういうのは…』

僕、いい仕事しますよ。なんて耳元で囁かれたらただのしがないバイトの私にはもう為す術もなくなる訳で。恥ずかしさと居たたまれなさで反射的に思わず目を閉じると小さく笑う声が聞こえてきて、それから柔らかい感触に触れた。




『ぜ、絶倫なんですね…』

事に及んだ後、寝返りをうつのすら億劫な私とは対照的に涼しい顔をして余裕そうに後始末をしてくれている六道さんを眺めていた。
あの日よく腰をやられなかったな私、と思いつつそういえばとずっと浮かんでいた疑問を聞いてみた。

『なんであの日六道さんと私、こんな事になっちゃたんですか?』

そう言うとくすくす可笑しそうに笑い出した六道さんに首を傾げる。変な事聞いたかなあ。

「ナンパされたんです、僕」
『だ、駄目ですよ。こんなどこの馬の骨ともわかんない酔っぱらいの女にホイホイついていったら』

今回も大変なことになっている内腿の際どい部分のホクロを撫でながら、くすりと笑みを深める。

「だってごみ捨て場になにか寝転がっていて死体かと思って近づいてみたら、可愛らしい女性で。その女性に、このベット――因みに山積みのゴミ袋ですよ、よりもっとフカフカのベットに連れていってくれたらすごくやらしい事してあげる、なんて微笑まれたら堪らないでしょう?」

据え膳食わぬは男の恥ですしねぇ、と更に笑う六道さんにもうなんと返していいのかわからなくなった。というより私…なんでゴミにまみれて寝てたんだ。あまり社会人としてはよろしくない事実なんて知りたくなかった。いっそあの日から今までのこと全て夢であって欲しい。

そう思ってあの時みたいに瞼を閉じて3つ数えてみたけれど、目を開いても結局は何も変わりはしないのだ。だってここは私には分不相応な高そうなホテルのベットの上だし、目の前にはやたらかっこいい六道さんが笑っているし、ごみに埋もれてナンパしたという揺るぎない事実は取り消せないし。なんだかなぁ、と思っていたら「どうしたんです、急に大人しくなって」と不思議そうな顔を近づけてくる六道さんに、再び瞼を閉じるのだった。





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