ろくでなしのラブロック
おばあちゃんがぎっくり腰になったので銭湯の店番を手伝うことになった。小さい頃から手伝っていたこともあって勝手知ったるなんとやらで、つまり私に休みの間お鉢が回ってきたという訳だ。ざわざわと騒々しくもあるが反響するせいかじわりとした熱気を含んだ空気と相まってどこか遠くでの出来事のように感じられ決して不快ではない。むしろ幼い頃から聞いてきたせいか落ち着くのかも。番台に座りやってくるお客さんに向けて声を張り上げた。
*
時計を見てそろそろ閉めようかとしているときだった。ガラガラと音をたててドアが開く。
長い髪をした外国の男の人が入ってきた。
「まだ大丈夫ですか?」
時計を見てもギリギリ15分前だ。
「昔、この辺りに住んでいてよくここにお世話になっていたんです。つい懐かしくなって入ってみたんですが、もう閉店でしょうか」
眉を下げてちらりと壁掛けの時計を見て苦笑している。そういうことなら。折角うちの銭湯を思い出して来てくれたんだからお客さんは大事にしないとね。
『いえ、まだ大丈夫です。時間を過ぎてもゆっくりどうぞ。ただ隣の掃除を始めちゃうんで音がうるさいかもしれませんがそれでもよければ』
「ありがとうございます」
ふわりと笑う男の人に笑みを返して小銭を受けとり代わりにタオルを手渡した。
*
なんで私は脱衣所の棚に手をついてはしたない声をあげているんだろう。ずちゅずちゅといやらしい音をたてて奥の方を突いてくる。
『…あっ、やぁ…!』
「ん、そろそろ僕も」
そう言うと腰を打ち付けるスピードが上がって目がちかちかしてくる。どうしてこうなったのか。女湯の掃除を終えて男湯の脱衣場の片付けに取りかかっているときだった。忘れ物がないかチェックをしながら水滴の残る棚を拭きあげていく。
靴下やタオルそれに下着なんかも忘れる人も多いのでそれを集めて忘れ物を入れる箱の中へ置いておくことが決まりになっている。次に来たときに持って帰れるようにというおばあちゃんの配慮だが、悲しいかな現実は持ち帰ってくれる人は存外少ない。溜まり続ける忘れ物に箱の中は溢れだし窮屈そうだ。底の方でひっそりと持ち主を待ち続ける忘れ物を思うと切なくなってくるのは感情輸入し過ぎか。
今日はおもちゃの忘れ物もあった。おもちゃってことはお孫さんをつれてきていた常連の木下さんのところのかな。落とし主の見当がついたおもちゃだけは別にして番台に持っていこうとしたところで、足元にきらりと光るものが落ちていることに気づいた。拾い上げると綺麗な髪飾りだ。男湯なのにこんな洒落たものが落ちてるだなんて。
「それ、僕のです」
『え?うわっ、ごめんなさい』
綺麗な細工に見とれていると背後から声を掛けられた。驚いて振り向くとお客さんが立っていた。慌てて目をそらす。全然あがったのに気づかなかった。腰にタオルを巻いていてくれて本当に良かった。
お客さんの方を見ないように気をつけながら髪飾りを差し出すとくすりと笑われたような気がした。顔、赤くなってたのかな?
いつもおじいちゃん達のどことなくくたびれた感じのする垂れ下がった皮膚やちびっこの生命力に溢れた元気の塊みたいなパンっと張った身体は見慣れていたが若い男の人の引き締まった肉体なんてそうそう見る機会なんてない訳で。正直目のやり場に困る。
「いえ、ありがとうございます」
ぽたりぽたりと拭いそびれた水滴が男の人の髪を伝って腕にかかる。うーわー。なんていうか色気が、すごい。男の人に色気とか使うのは違うのかも知れないけど。
妙に気恥ずかしくなってドキドキしているとぎゅと掌ごと掴まれた。え、あ、あれ?男の人の顔を見上げると困ったように眉を下げていた。うん、さっきもこの顔見たような気がする。いやいや男の人の表情とかじゃなくてもっと他にあるでしょう。それでも目をそらせずにいるとゆっくり男の人の顔が近付いてきた。あ、これって…。頬を撫でられゆっくりと首筋に降りてきた手にこくりと喉がなった。
湯気の熱気にあてられたのかそれとも男の人の色気にあてられたのか頭の中がぼうっとしてくる。
欲を放たれ小刻みに身体を震わせて最後の一滴まで注ぎ込もうと奥深くへ打ちつけられる。足が限界をむかえ床にへたりこみそうになったが覆い被さっていた男の人の腕がお腹にまわされて抱き止められた。
「また、愉しいことしましょうね」
ぐったりとしていた私にそう耳打ちをしてきて、それから先の記憶がない。
次に目を開いた時には既に男の人はいなくなっていた。夢でも見ていたのかと思ったが、手に握りしめていた髪飾りを見つけて卒倒しそうになった。