星すら羨む煌めき2
今日もあの席にはクロームさんがちょこんと座っている。
テーブルの上に置かれたラテを時折口にしながら静かに編み物をして私の仕事が終わるのを待っていてくれているようだ。
始めは雑誌を眺めて時間を潰していたが、それでも時間をもて余していたらしく、しだいに編み物をするようになった。
腕前も中々のもので既にふたつ完成させている。一番始めに完成したオフホワイトの毛糸の帽子に昨日完成したばかりのオレンジのマフラー。今日から取り掛かっているのはネイビーのシックな色合いのもの。
その色味になんとなく骸さんを連想させてしまう。もしかしてあげるんだろうか。
するすると白い指の上を滑る毛糸につい目を奪われそうになって慌ててそらす。
それより何より美しい人がこの場にいるだけで店内が華やかになる。目の保養にはもってこいだ。
そしてどこから聞きつけたのかその姿を一目見ようとするお客さんまでいるようで最近はこの時間帯の男性客が増えてきている。店長もにっこりといった具合だ。
「ひゃー、本当に毎日来てるんですねクロームさん」
『…』
「つーか、よっぽどなまえさんの信用がないのか…イテッ!」
私の拳が篠崎を襲った。脇腹を押さえて踞る篠崎を見下ろしながら目下悩みの種であるクロームさんについてどうしたものかと考える。
クロームさんがこうして迎えに来てくれるのは店の売上的な面も含めて有難いといえば有難いのだが、その反面申し訳なさが日増しに募っていく。クロームさんだって女の人なのに。あんな暗い夜道をひとりで帰らせるのは気が引けてしまう。
それに帰り道での気まずさといったら…。
元々あまり自分から話しかけるようなタイプの人ではないのだろう。
世間話のネタも尽きてしまい天候の話をちょこちょこして後は黙々とふたり並んで歩くということを毎日繰り返している。
一度篠崎に送ってもらうのでもう送らなくてもいいと迎えを断ったこともあったのだが「だめ…」と一言、儚げにそれでもきっぱり反対された。
それっきりうまく断ることも出来ずにクロームさんのお迎えは今日も続いている。
*
「明日、骸様が帰国するの」
『え、』
寒さが日増しに厳しくなり吐き出す息も白く濁り霧散していく。それが更に寒さに拍車をかけているようでぶるりと身震いをひとつする。
今日は店に来たときからちょっとそわそわしていたクロームさんに、何か良いことでもあったのかと思っていたら帰り道でそんな風に切り出された。どうしてクロームさんが骸さんのことを知っているんだろう。私には連絡なんてなかったのに。
「今日ボス……会社の人から聞いたの」
『…クロームさんって骸さんと同じ職場なんですか?』
ぱちくりと目を丸くして「うん」と小さく頷いた。
「骸様から聞いてなかったの?」
『……はい』
何だよ。早く言ってよね、骸さん!と心のなかで半ば八つ当たり気味に骸さんに毒づいてちらりとクロームさんを見ると困ったように「もう、骸様ったら全然話してなかったのね」と眉を下げている。
その姿に骸さんと付き合ってからなんとなく聞きそびれていたことが頭を過る。どうしてこんな時に…と思わないでもないが。いやでも…この際だから聞いてしまおう。うじうじしているのは性に合わないし。
『クロームさんは骸さんと付き合っていたのかと思っていました』
「まさか!」
強く否定されて今度はこっちが目を丸くする。
なんだ、違ったのか。
『……もっと早く聞いておけば良かった』
思わず口にしてしまった言葉を咳払いで誤魔化して、そこではたと気づく。
『もしかして、クロームさん。仕事終わりにわざわざ私の迎えに来てくれていたんですか?骸さんに言われたからって仕事でもないのにこんな遅くに』
「気にしないで。あなたとお話してみたかったから」
ふわりと微笑まれてどきりと胸が詰まる。やばい、私女だけどちょっと道を踏み外しそうになっちゃいそう。改めて近くで見ると本当に綺麗な人だ。くるんとカールされた長い睫毛にぱっちりとした大きな瞳、淡く色づく唇は程よく肉付いている。見惚れそうになって慌てて視線をそらす。こんな魅力的な人と一緒にいても本当に骸さんは何も感じないのだろうか。それどころか時折みせる辟易するくらいのあの執着は何なんだろう。
骸さんって本当に(自分でいってしまうのは悲しいが)女の趣味が悪い。
とにかくぼんやりと思い悩んでいた疑惑も晴れてスッキリしたところで、更なる罪悪感が私に襲いかかる。
『ごめんなさい…何も知らなくて。もっと早く気づくべきだったんですけど』
「何も言ってなかった骸様が悪いんだから」
ふるふると首を横に振る仕草がクロームさんの年齢よりも幼くみせるけど、でもとても似合っている。
『あの…それでなんですけど、もし良かったらこれから少し部屋に寄ってきません?』
「いいの?」
大きな瞳を瞬かせてこてんと首を傾げた。いちいちかわいいなぁ、もう。
『コーヒーくらいしか出せませんが』
「嬉しい。あなたの淹れたコーヒーが好きだから」
クロームさんのはにかんだ笑顔に蕩けてしまいそうになりながら、今まで気になってても口に出せなかったこと、クロームさんが話したかったらしいこと、ついでに何かと秘密の多い骸さんの謎なんかも聞いたりして今までちょっとだけあったクロームさんとの距離を縮めるべく勤しもうではないか。
澄んだ空気のなか遠くできらりと光る星になんて目もくれず、他愛もない話をしながら我が家へと向かうふたりの姿を月が照らしていた。