20171224
浮き足立つ気持ちをうまく落ち着かせられなくてそわそわと周囲を意味もなく眺めてしまう。
行き交う人達はこれから旅行に行くのか笑顔で連れ立っていたり気難しそうな顔をして時間を気にしながら足早に通りすぎて行ったり待ち合わせをしているのかスマホを手に持ちながらキョロキョロと周囲を見回していたりと様々だ。
そんなざわめく人通りの中で私の周りにだけすっぽりと音がなくなってしまったように静かでひとり取り残されたような不思議な感覚に戸惑う。こんなに人がいるのに、どうして。急に心細くなってバックの持ち手を握り締めて自分のブーツのつま先を見つめていると男物の靴先が視界の中に入ってきた。
名前を呼ばれて顔をあげると一月ぶりに会う骸さんがそこにいた。
「ただいま戻りました」
荷物を持っていない方の腕が腰にまわされ、ぎゅっと抱き抱えるように持ち上げられた。
『おかえりなさい』
つま先が床につくか付かないかスレスレのところで揺れている。バランスを崩しそうになりながら慣れない動きでぎこちなく骸さんの背中に手を伸ばすと笑みを深くした骸さんが甘ったるい顔をしながらじっと見つめてくる。嫌な予感がしてさっと顔を背けるとそこには骸さんの顔があった。あ、危なかった…。
「何故、逃げるんです?」
不満そうにじろりと横目で睨まれる。
『人前でそういうことするのはちょっと…』
曖昧に笑って誤魔化そうとしていると不意討ちでちゅと唇を掠める熱に驚いているとにやりと歪ませた瞳と目が合った。あ、油断した…と思っていたら身体を強く引き寄せられ唇をつけられた。ちゅちゅと小さく音をたてながら数度繰り返されたそれに気恥ずかしさと息苦しさを感じて口を離そうとしたら、その隙をついて舌が入ってきた。バンバンと背中を叩いて離れるように促したが全然聞き入れる気はないらしく最後に唇を名残惜しそうにぺろりと舐められてようやく離れた。
「帰国したのに恋人が冷たい」
『…そういうのが恥ずかしいんです』
唾液で湿った唇を拭いながら睨むと喉の奥から楽しそうな声をあげて「行きましょうか」と腰に手を回されすっぽりと包まれた。
だからこういうのが性に合わないって言ってるのに…。
*
「食事は済ませましたか?」
『まだです』
昨日はクロームさんを部屋に招いてあれやこれやと今までの分を取り戻すかのように色んなことを話した。すっかり話しが弾んでしまい夜も遅くなったのでうちにお泊まりの流れになった。私の着替えを貸したのだが華奢なクロームさんにはちょっとサイズが大きかったようでブカブカしているのが可愛かった。
そして布団に入ってからもぽつりぽつりと話し始めてしばらくは会話も続いていたがどちらが先に寝てしまったのか不明だがいつの間にか完全に寝てしまっていた。
しかし睡眠時間は短かったようで今朝は起きるのが精一杯で朝ごはんを食べる時間がなくなっていた。クロームさんには合鍵を渡してゆっくりしていってくれと伝えていたのだが、そういえばクロームさんのご飯もなかった気がする。どこかで済ませてくれていればいいのだが、もしまだ家にいるんならクロームさんの分も何か買っていってあげた方がいいだろうと思いその事を骸さんに伝えると「クロームと?」と意外そうに目を丸くしていた。
「そんなに打ち解けていたんですねぇ。変なことされませんでした?」
『女同士ですよ。そんなことあるわけ…』
あっ。そういえば一瞬だけ帰り道ぐらりときそうになったっけ。いや、でも何もしてないし。うん、大丈夫。
「…何があったんです?」
『何もないですって。ただお喋りしてお泊まりして楽しかったなぁって思っただけです』
不自然に言葉が途切れてしまったためあらぬ誤解を受けそうになったが渋々納得してくれた。女の人な上に同じ職場の人間まで疑うなんて本当に骸さんって…と思ってしまう。
*
外に出るとクリスマスのイルミネーションがきらびやかに輝いていた。まだ陽は高いというのにイルミネーションで彩られたツリーを見にきたのか家族連れやカップルといったたくさんの人でごった返している。その人混みの中をぶつかることなく通り抜けていく。
「これからどうします?」
先ほどクロームさんのことを言ったからか、少し気にする素振りをみせる骸さんに申し訳なく思ってしまう。
「僕としては君とゆっくりできると思っていたんですが」
うん、だいぶ拗ねている。確かにこのまま帰るのは勿体ない気がするがクロームさんのことも気がかりではあるわけで…どうしたものだろうか。いい案も浮かばずうまく返事を返せずにいると、ふむと何やら骸さんも考えているようだ。
「ひとまずまだ君のところにいるのかクロームに聞いてみましょうか」
『……え、』
すっと骸さんの胸ポケットから取り出されたスマートフォン。慣れた手つきで操作している指先をじっと凝視してしまう。…ああ、同じ職場の人だから連絡先を知っていてもなんの不思議もないのに。骸さんが女の人と、クロームさんと連絡を取り合うことにひどく驚いてしまっている自分に自分で驚いてしまう。
私だって職場の店長や篠崎の連絡先くらいは知っているし、電話を掛けることだってある。だから骸さんがクロームさんと連絡を取ることだって当然といえば当然だ。
アドレスを開いて発信ボタンをタッチしようとした骸さんの指を咄嗟に握り締めていた。
不思議そうに目を瞬かせている骸さんの後頭部に手を回し踵を上げて骸さんの唇に自分のをくっつけた。一瞬にも満たない時間だったのにスローモーションみたいにゆっくりと私の周りで時間が過ぎていく。ぱちりと瞬きをする骸さんの睫毛やそれを縁取る影の陰影までもはっきりと見てとれて本当に時間が止まってしまうのではないかとぼんやりと頭のどこか遠くで考えていた。触れるだけのキスから唇を離すと遠くに聞こえていた筈の音が急にクリアになって周囲のざわめきが耳につく。
「どうしたんですか?」
人前でこういうことをするのは恥ずかしいんでしょう?と暗に言われているような擽ったい視線に堪えきれず俯いた。
『私も相当、嫉妬深かったみたいです』
言うつもりもなかった言葉がするりと口をついて出てしまった。あ、ばか。なんてことを言ってしまったんだ。は、恥ずかしい…!こんな、自分に不釣り合いなことを口にするなんてどうかしている。耳が熱い。耳だけじゃなくて全部が熱い。冬特有の冷たい風で早く熱が冷めるように祈りながらぎゅっと目を瞑っていると布の感触が頬に触れる。
「どうやら君の不安を取り除くことの方が先決のようですね」
案の定と言うべきか機嫌を回復したらしい骸さんに上機嫌で引きずられていく。ぱっかりとドアを開いて乗客を待つタクシーに押し込まれいまだ冷めることのない頬の熱に手を押しつけて項垂れた。