20171224


しんと静まり返ったオフィスの中でモニターをぼうっと見つめていた。時折人の咳払いやパラパラと紙をめくる音、キーボードを叩く音が聞こえてくるがもはやこれは私にとって日常的なものなので然して不快でもない。むしろ落ち着くといった方がいいのかもしれない。
ここしばらく家には帰っていない。
依って外界の情報も自然とシャットアウトされている。今、ここにいるのは私同様世間とは隔離されているお一人様確定の同士たちだ。
お陰でクリスマスの雰囲気なんて微塵も感じることもなく坦々と作業が捗って仕方がない……訳ないでしょうが!
さっきから全然作業なんて進んでない。あーもう何で彼はあんなこと急にしたんだろう。今まではちゃんと、それこそどんなに疲れていても忘れることなく気を使ってくれていたのに。
それに名前。私は教えた覚えはない。どこかで偶然知ってしまったのだろうか。同じ会社にいるんだしそういうことは十二分にあり得る。それならそれで別段構わないのだが前もって教えておいて欲しかった。
突然名前なんか呼ばれて心臓が止まるかと思った。というより絶対あの時の私はおかしかった。どんなに激しく揺さぶられても宣言通り中に吐き出されても、ぎこちなく応えるだけでろくに会話もできていなかったというのに彼は相変わらず笑っているだけで、どうにも居心地が悪かった。
だから仕事を理由に家に帰れずにいてどこかほっとしている自分に気づかないふりをし続けている。

*

なかなか思い通りに作業を進められず、気分転換も兼ねてシャワーを浴びることにした。
シャワールームから出てきて休憩所の自販機で飲み物を買おうと小銭を入れた時だった。
ぴかぴかと点滅を繰り返すボタンを前にどれにするか悩んでいたら背後から腕が伸びてきてぴっと短く鳴った後、ゴトンと物が落ちる鈍い音が響いた。

『あ、』
「風呂上がりといえばビールといきたいところですが、ここはやはり珈琲牛乳でしょう」

にっこりと笑う彼がそこにいた。ゆっくりとした動作で自販機の取り出し口から珈琲牛乳を手に取り渡してくれた。

『・・・』
「本当に仕事をしていたんですね」

呆れたように呟いた彼はといえば仕立ての良いスーツを着ている。確か集まりがあると言っていたからそれでかもしれない。
改めて外で会うと全然別の世界で生きる人なんだということがわかってしまって苦しくなる。
あのままマンションの中だけで完結してしまえる関係だったらどんなに良かっただろう。
黙りこんでしまった私に不思議そうに首を傾げている彼に慌てて口を開く。

『貴方もお仕事だったんでしょう?』
「強制連行されただけです。行くつもりなんてありませんでした」
『お疲れ様』
「君こそお疲れ様じゃないですか。」
『そんなことは、』

ない。と続く筈だったのに彼の「さて、仕事も終わりましたし帰りましょうか」という一言に思考がフリーズしてしまった。肩を抱かれ数歩歩いた所でようやく動き出した脳がストップをかける。

『私、まだ仕事が…』

そろりと彼を見ると珍しく渋い顔をしていた。

「ずっと考えていたんですが、」
『…なに?』
「君はどうしてそんなに頑なに僕と距離を置こうとするのでしょうか」

心外だ。距離を置こうとしていたつもりはない………筈だ。

「僕に女の影があると思えば嫉妬をする。嬉しかったですよ、いつも肝心な所を曖昧に笑ってはぐらかしていた君が感情を露にするなんて滅多にお目にかかれませんし。けれど次に会った時は何事もなかったかのようにまたのらりくらりとかわすばかりで」

随分な言われようだ。じっと見つめてくる瞳に耐えきれず視線を逸らしたくなった。

「君は一体僕とどうなりたいのかとずっと思っていたんです」
『マンションの中だけで完結させたかった』
「そうですか」

あっさりと引き下がった彼に肩透かしを食らった気分だ。

『ごめんなさい』
「わかりました。いえ、謝らなくてもいいんですよ。では君は外で僕が何をしようと関係ないと言うんですね」
『……うん』
「本当に?」

訝しげにひそめられた眉に全てを見透かされているのようで落ち着かない。

「僕が外で女を抱いてきても関係ないと」
『それは………その彼女を大事にしなよ』
「おや、関係ないのでは?」
『酷い』
「酷いのは君の方だ」

もうどうしていいのか、どうしたいのかすらわからなくなってきている。

『…嫉妬とかするのイヤなの』
「嫉妬でも何でもすればいいじゃないですか。」
『イヤなの』

そんな煩わしいものなんか感じたくないのに。いっそのことこの場から逃げ出して目を閉じて耳を塞いで閉じ籠ってしまいたい。

「まあ、例えどんなに嫌がっても君に選択肢なんてないんですけどね」
『は…え、なに…?』

不穏な言葉と共に手を拐いぎゅっと何かを押しつけられる。ひやりとした感触に恐々と目を向けるとそこには蛍光灯の青白い光を反射して鈍く光るリングに目が奪われた。

「いい加減、観念して僕のことをちゃんと見なさい。こう見えて本当はあまり気が長い方じゃないんですよ、僕」

顔をあげると困ったように眉を下げて笑う彼がいた。ぼうっと見つめていると輪郭がぼやけはじめた彼が私の目の下を親指で拭いながら口を開く。

「僕の名前は六道骸といいます。これからどんなに君が拒もうが如何を問わず干渉しますので覚悟しておいてください」
『……うん』

傲慢で横暴な筈の台詞なのに抱き締められた腕の優しさに甘く溶けてしまいそうになりながら気がつけば頷いていた。

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