睡眠


出会いというよりは遭遇に近いそれを思い出すと今でも笑い出したくなってしまう。
きっとあの時はふたりとも疲れきっていたのだ。でないといい年した大人があんな風にならない。

そもそもの原因は彼が部屋を間違えてしまったことから始まっている。

その日軽い軟禁状態から解放された彼は久しぶりに帰ってきたマンションの前まできて気が緩んだのだと言っていた。
エントランスでエレベーターを待っている間も襲ってくる睡魔と格闘しつつそれでも部屋に着くまではと崩れ落ちそうになる身体を引きずるようにしてエレベーターへ乗り込んだらしい。
そして晴れて部屋に辿り着いたと思ってドアを開けた瞬間、ちょうどお風呂あがりの私と鉢合わせした。

『………』
「………」

顔を見合わせた私達は無言で、脳が、身体が、そして時間さえもフリーズしたように思う。
私は突然部屋に現れた不審者に悲鳴をあげることもせず、やべー部屋の鍵閉め忘れてたわーすっげ気まずい、とか考えていたり、彼は彼で自分の部屋に全裸の女が何食わぬ顔をして寛いでいることに激昂するのを忘れて。

それからゆっくり右、左と動いた不思議な色をした眼球が最後に私に照準を合わせて止まった。

「……どうやら部屋を間違えてしまったみたいです」

無表情に淡々と話す彼に何を思ったのか、いいや何も考えられなかったと言った方が正しいのか。

『……寄ってきます?』

あろうことか自ら招いていた。

「お気持ちは有難いのですが、ここ数ヶ月禁欲的な生活を強いられていたのでお邪魔して貴女に手を出さないという保証ができないです」
『…じゃあ、やってきます?』

そう言うとそれまでぼんやりと虚ろだった目がギラリと強い光を持ったような気がした。そして言い終わるか終わらないうちに力強く抱きしめられてそのままなし崩し的に関係を持った。

その時の私はお風呂に入ってて良かったなぁとか数日ぶりにちゃんと無駄毛の処理しといて本当に良かったとか考えていたんだからどうかしていたとしか言いようがない。
どう考えてもお風呂に入るよりもましてや無駄毛の処理なんかを気にするよりももっと気にしないといけないところがあるはずなのにそんなことは微塵も考えられなくて、室内に干しっぱなしだった下着を仕舞うのを忘れていたことにひどく絶望していた。だって干してあったのは色気のない、でも履き心地はすこぶるいいベージュの勝負をしてない方の下着だったからだ。
本当はもっと色っぽいやつだっていっぱい持ってるんだよ。たまたまタイミングが悪かったんだよ。誰に対しての言い訳かわからないことを延々と考えていた。嘘。考えていられたのは初めだけですぐに何も考えられなくなった。でも随分荒っぽい抱きかたをする人だなぁとか合間に感じたような気がする。あまりよく憶えていないけど。

つまりは私も彼と同様に疲れきっていたのだ。

果てた後、疲れもピークに達し瞼を上げるのすら億劫になりながら、でもやっぱり隣が気になって彼の方を見ると、彼も眠たそうな目をしてこっちを向いていた。それからまるでそうすることが当たり前のように軽く唇同士をくっつけた。触れるだけだったそれがとても贅沢なもののように思えたが、人間の三大欲求の内のひとつを充分に満たした私達は一気に眠気が加速して抗いきれずに二人して泥のように眠った。

後から聞くところによるとその時の私はとてもじゃないが冷静な状態なら決して相手にしない類いの人間だったらしい。「出会い頭に裸で突っ立っていた君が悪いんです」それが彼の言い分だった。
それを言うならこっちにだって沢山言いたいことはあったがその文句も全て彼の腕の中での睡眠がとても気持ち良かったことで帳消しになった。


- 15 -
←前 次→
ALICE+