エレベーター
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そもそもうちの会社って何に本腰を入れてやってんのかさっぱりだったりする。書類の入力を命じられるがままやっているが内容を見てもよく分からない。そのくせ忙しいんだから本当に不思議な会社だ。通勤してくるスーツ姿の人達にほんの少し優越感を抱きながら人混みとは逆方向へと歩き出した。
*
「おや、」
『あら』
マンションまでたどり着いてエレベーターを待っていると顔馴染みの男が疲れた顔をして近づいてきた。
「今お帰りですか?」
『そっちこそ』
顔色を見てあまり色っぽい理由で午前様になったのではないと何となく察してしまったのはお互い様だったようで男も苦笑いしている。
「今日はお休みですか?」
『うん。明日には戻らないといけないけどね。そっちも今日休み?』
「ええ、全く人使いの荒い上司のせいでまともに休みもなく働かせられていましたが頭にきてエスケープしてやりました」
『あはは、心中お察ししまーす』
並んで話しているとポーンと軽快な音がしてエレベーターのドアが開いた。二人で乗り込み自分の降りる階のボタンを押す。
『何階?』
そういえばこの人の住んでる階を聞いたことなかったなあと思いながら振り返ろうとしたら、目の前が急に真っ暗になった。かと思えば頬に押しつけられた布の感触とより強く感じる彼の香りに無意識に張っていた気が抜けていく。そのまま上を見上げれば当然のように唇を押しつけられた。
『…ん、』
「本当はね、君のことを思い出したら無性に帰りたくなったんです」
『ひどいな、今まで忘れてたんだ』
「君こそ今の今まで僕のことを思い出しもしなかった癖に」
そんなことは断じてない。会えるかどうかの確証もないのに一時帰宅をもぎ取ってわざわざ帰ってきたのも少しでも彼の余韻の残る部屋で眠りにつきたいという願望の現れだ。彼との偶然の遭遇を期待して卑しくもそれ以上を望んでいた。再び唇を重ね合わせようとしていた時にまたもやポーンという音が響いてはっと我に返る。
幸い他の住人の人には会わずに済んだが公共の場で何やってんだか。
こんなにところ構わずがっついて寂しい女だって思われてしまったかもしれない。
まあそれは彼も同じだと思うことにしてエレベーターから降りようとした。
しかしドアは私が降りる前に閉じてしまう。
不審に思って各階が表示されているパネルを見ると閉のボタンを押している長い指が視界に入った。
「何を降りようとしているんですか」
『ちょっと、降りなきゃ帰れないでしょ?』
開のボタンを押そうとしたが指先がパネルに触れる前に腰を引かれてすっぽり閉じ込められた。
『あのねぇ…』
「君の部屋のベットは二人で寝るには少々手狭でしょう?」
失礼な。毎回その狭いベットに寝にきているのは誰だよ。
じろりと睨むと可笑しそうにくすりと笑われた。
「僕のベットは二人で寝ても充分な広さがありますから、たまには広いベットで眠りにつくというのはいかがでしょう?」
いちいち癪にさわる言い方だが、その充分な広さを誇るベットとやらに非常に興味がわいてきているのも事実。ならば甘んじて彼のお誘いに乗ろうと身体を彼に預けた。
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