おやすみ
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マンションに着き携帯を眺めながらエレベーターを待つ。旅先はどこがいいだろうか。近場の温泉にでも行ってゆったり過ごすか、少し遠出して観光でもしてリフレッシュするか。エレベーターの到着を知らせる音が聞こえ、画面を見ながら乗り込もうとするとぽすっと何かにぶつかった。
「君はちゃんと前を見て歩いた方がいい」
声のする方へ視線を向けると呆れたような顔をした彼がいた。
『ごめん。気をつける』
「今帰りですか?」
『うん。そっちは今から出勤?』
「ええ、本当に嫌になりますよ」
くたびれたため息をひとつ吐いてちらりと見下ろされる。
彼は本当に忙しい人なんだと思う。同じ会社に勤めてはいるけど世界中を飛び回るエリート達が集まる別の階のフロアで働いている。だからなかなか会えなかったりもするけど。
『お疲れ様』
頬に触れ猫をあやすように優しく撫でられるとくたりと身体の力が抜けそうになる。
「やけに機嫌が良いじゃないですか。何か良いことでも?」
ふふ、とにやける顔を抑えられない。
『明日から休みなの』
「…休みなんですか?」
恨めしそうに見られたが笑顔で返してそれじゃあ、と別れようとするとぐいっと背中を押され一緒にエレベーターへ乗り込んできた。
『え?仕事、行くんじゃないの?』
「少しくらいなら遅れても構いません」
『そうなの?』
「ええ。」
そのまますっぽり彼の腕の中に閉じ込められる。
「君を抱くくらいの時間ならありますよ」
蕩けるような笑みを浮かべて唇が押しつけられた。
*
「僕の部屋でいいですよね?」
『うん』
疲れていたからそのまま彼を見送ってから寝れるように自分の部屋でとも思ったけど、久々に広いベットで寝るのもいいかと思い直して頷いた。
『あ、』
「…、なんです?」
キスの合間につい漏れた声。ぺろりと下唇を舐められて離れていくとさっきまでの感じていた熱が急になくなって寂しくなる。
『今日、帰ってくるの?』
ん?と少し考える素振りをしてゆったりと口を開く。
「それは何とも…。何か不都合でも?」
『実は三連休なの』
「…僕の部屋に居ればいいじゃないですか」
魅力的なお誘いだったがその後に続く「帰りはいつになるかわかりませんが」という言葉に落胆しつつ曖昧に笑って誤魔化した。
しかし察しのいい彼にはうまく誤魔化しきれなかったようで首を傾げて不思議そうにしている。
「何か予定でもあるんですか?」
『旅行にでも行こうかと思って。ほら、なかなかまとまった休みとかもらえないからたまには遠出してみようかなって』
そう言うとああ、と納得したような声。
「ちなみに誰と?」
それを聞くか。
一番触れて欲しくないところに直球できやがった。
『気になる?』
「ええ、とても」
それでもなけなしのプライドで意地悪く答えるとにっこりと微笑まれてあっさり白状するからなんだかこちらが負けたような気分になる。
『…ひとりで』
ぽつりと呟いたらきょとんとした後、爆笑された。もう肩まで震わせて笑ってくれるもんだから本気で殴ろうかと思った。
「…ふ、…クフフ、それはそれは。」
『…急だったから誘う相手が思い浮かばなかったの。…悪い?』
「いいえ、安心しました」
『なんでよ?』
一人旅なんかしようとしている寂しい女で悪かったわね。内心毒づきながら睨んでいると「これから抱く女が泊まりがけで他の男と会おうとしているなんてあまり気分がよくありませんから」なんて甘ったるい顔をしてすりよってくる。
いやいやこんなんじゃ誤魔化されないからね。
*
部屋につくとすぐさまベットへなだれ込んだ。
キスを繰り返して、服を脱ぐのももどかしいくらい盛り上がってきたところで不粋にも邪魔が入った。
『・・・』
「・・・」
一瞬現実に引き戻されて顔を見合わせる。
ちらりと元凶を一瞥したあと再び口付けられそうになって、慌てて止める。
『…出ないの?』
「…構いません」
鳴り響いていた着信音がパタリと止んだ。かと思えば間髪入れずに再び鳴り出す。
『気になるんだけど』
観念したように携帯を取りだし、唇に指を当てて静かにするようにとジェスチャーで伝えてきたのでこくりと頷き返すと通話を始めた。
「なんですか?今、取り込み中なんですが」
相手の声がぼんやりと聞こえてくる。ひどく慌てているようで、時折怒声も混じっている。
長くなりそうな会話にこれはお預けかなあ、なんて思いながら身体を起こし、こてんと彼の肩に頭を預けるとにこりと笑みを溢して電話を肩と耳の間に挟んだ。
それから脱ぎかけだった洋服に手をかけ器用にも剥ぎ取られていく。
呆気にとられてされるがままだったが下着に手をかけられたところで、今度は私の唇に指を当てて静かにするようにと悪戯っぽく口の端をあげてベットへ押しつけられた。
「今日はそんな気分じゃありません」
電話の相手にそう伝えながらつっと軽く触れてきた。
反射的にぴくりと反応すると気を良くしたのか笑みを深めて更にエスカレートする。やば、テクニシャンかこのやろう。
「僕だって忙しいんです」
散々焦らされて息も上がってきたところで、ぷつりと指が差し込まれ危うく声を上げそうになった。抗議のつもりで睨むとくすりと喉を震わせ指でかき回し始めた。ちょ、こっちは声も出せないというのに。緩急をつけて攻めたててくる指に翻弄されシーツに顔を埋めて必死に耐えているが、彼はというと面白そうに目を細めるだけだ。電話は相変わらず続いていてもどかしさから足をすりよせると、指の本数を増やされ更に動きを早めた。だめ。もう無理。主張してきたそこを指の腹で押し潰されるとびくんと身体を跳ねて絶頂を迎えてしまった。
*
指だけで気持ちよくなってしまった。虚しさがほんの少しだけ胸を過る。
荒くなった呼吸を落ち着けようと胸を上下させていると今度はふらりと睡魔が襲ってくる。
万年寝不足気味の身体には例え指だけであろうと刺激が強かったようだ。まだまだ電話は終わらないし、少しだけなら目を閉じても大丈夫だろうか。
彼を確認しようとしたけど、視界が既にぼやけはじめていて私の意思とは裏腹にうとうととまどろみはじめる。彼の声を遠くで感じながら意識を手放した。
*
「ではクロームが居るなら僕は行かなくても大丈夫ですね」
ぐだぐだと続いた通話を強制的に終わらせついでに電源まで落として、ベットの端へ放り投げた。
彼女はというと、待ち疲れたのか気持ち良さそうに寝息をたてている。
「お待たせしました」
ぐっと腰を引いて一気に深く沈めると小さく呻く声が聞こえてくる。
『ふぁ、』
「すみませんね、思ったより時間がかかりまして」
『ん、終わったの?』
まだ意識は夢のなかにいるらしく、とろんとした目に自分の顔が映る。
「ええ」
『…普通に起こしてくれればいいのに。』
「おや、普通に起こしても起きない癖に?」
いつか言われた台詞をそのまま返すとむっとしたように眉を寄せる。
『意地悪だなあ』
するりと腕を首の後ろに回されてちゅ、と軽くくちづけられた。
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