背中:確認*
日本に来て銭湯というものに初めて連れてこられた。
あの建物にはシャワールームの設備がないらしく探すと近くに大衆浴場があったのでそこを利用することになった。お風呂だけ別の場所に入りに行くのが面倒だなぁと思った。それでも大きなお風呂があると聞いていたのでけっこう楽しみにしていた。
そして初めての銭湯でまずカルチャーショックだったのが裸の人達が恥ずかしげもなく闊歩している姿だった。怖々と服を脱ぎタオルで前を隠しながら浴室に続くドアを開くとむわりとした熱気と壁面一面に描かれた大きな山に圧倒された。それでも勝手がわからず立ち尽くしていると親切なおばちゃんに説明してもらうがまま、蛇口のある場所に行って備え付けの椅子に座り髪や身体を洗ったりした。そして全てを終え大きな浴槽に浸かる頃にはいつしか始めに感じていた恥ずかしさはなくなっていた。
そんな訳で黒曜銭湯を利用しているのだが、今日はどういう訳か骸さまとふたりだ。回数券を1枚貰って暖簾をくぐると、むわりと熱を持った空気に一瞬だけ息がつまる。番台を挟んで骸さまと顔を合わせた。
「1時間後に軒先で」
『はい』
用件のみの会話を簡潔に済ませるとさっさと骸様は脱衣場に入っていった。
取り残された私も「神田川みたいねぇ」とにこにこ笑う番台のおばちゃんに曖昧に笑って脱衣場へ足を踏み入れる。神田川ってなんだろう。
入浴を済ませ備え付けのドライヤーを使い髪を手早く乾かして表に出ると骸さまは既にいた。
二人ならんで黒曜センターへの道のりを歩いて帰っているとコンビニの明かりが見えた。
蒸し暑くなってきたこの時期にはコンビニのクーラーが恋しい。どうせ帰ってもエアコンなんて望めないのだ。ならばせめて帰る前に涼みたい。
骸さまに頼んでコンビニに寄ると冷たい風が私を出迎えてくれた。火照った身体から急速に熱を奪っていく。気持ちいい。あそこにもクーラーがあればいいのに。骸さまに頼んで買って貰おうか。でも隙間とかあるからあんまり冷えないかな?なんてクーラーの風を堪能しつつ黒曜センター・エアコン設置計画を立てていると、こつんと軽く頭を叩かれた。
「そろそろ行きますよ」
『…はぁい』
名残惜しくもコンビニを出ることになった。また蒸し暑い道を歩いて帰るのかと思うと辟易してしまう。
のろのろと足を動かしているとヒヤリと頬っぺたに冷たいものを押しつけられた。見ると骸さまがアイスの包みを持ってにっこりと笑っていた。
みんなには秘密ですよ、と笑う骸さまに頷いて並んでアイスを頬張りながら帰路についた。
*
今日も銭湯へ着くと臨時休業の張り紙がしてあった。どうやら町内会の慰安旅行のため休むらしい。洗面器をかかえて立ち尽くす私と骸さま。
『お風呂、どうしましょう…』
「……仕方ありませんね」
『骸さま?』
くるりと踵を返した骸さまに慌てて着いていく。
骸さまが向かった先はどうやらホテルのようだった。しかし不思議なことにフロントらしき場所には人がいない。どうするんだろう。骸さまを見ていると大きなディスプレイが設置してある場所に立って手慣れた手つきで画面を操作している。
ぴかぴかと光るボタンを押して部屋の号数が表示された。へぇ、無人で宿泊の手続きが済むんだ。日本って進んでるなあ、なんて呑気に画面を見つめていると「行きますよ」と声を掛けられてはぐれないように骸さまの後に続いた。
指定された部屋の前に行くと鍵は開いているらしく勝手知ったる感じで骸さまが入り、私が入るのをドアを開けて待っていてくれていた。靴を脱いで並んで揃えてあったスリッパに足を通す。
そして部屋の中へ入ると目がチカチカしそうなくらい派手な色合いのおもちゃみたいな可愛らしい内装に閉口した。こんなホテルがあるんだ。今までこんな部屋に泊まったことなんてない。
きょろきょろと物珍しくて部屋の中を見ていると、お風呂場で既に入浴の用意をしていた骸さまの背中に声をかけた。というよりお風呂も広い。銭湯にはさすがに負けるが、これだけ広いとみんなで入れそうだ。いや、入らないけど。
『なんか、お風呂だけ借りるのが勿体ないくらい可愛らしいお部屋ですね。MMとかが泊まってそう』
「……だったら泊まって行きますか?」
にこりと笑う骸さまに目を丸くする。
『えっ、いいんですか?』
「ええ、どうせ今日はみんなも出払っていて君と僕だけですから。ここには簡単なものですが食事もありますし、たまには冷房の利いた部屋で寝てもいいでしょう」
冷房の利いた部屋、というフレーズが私のハートを意図も簡単に鷲掴みする。
『あの、お泊まりしたいです!』
「ええ。お泊まりしましょうね」
この時浮かれていた私は骸さまの含みのある笑いになんて全く気づきはしなかったのだ。
夕飯を頼んだのだがここで可笑しなことに遭遇した。普通ルームサービスはホテルの客室係りが部屋まで持ってくるものだが、ここでは玄関にあった小さなドアを介して届いた。こちらとしてはあまり人に顔を見られたくないのでありがたいといえばありがたいのだが、まるで収容所にいた時のような光景に似ていて薄ら寒いものを感じた。
そしてお風呂である。初めは広くていいな、なんて思っていたがよくよく考えたらいくらなんでも広すぎではないか。洗い場なんて人が2〜3人寝ても充分なほどの広さがある。まるで死体を処理するのに適しているような……。
そこで私はもしやここは裏家業の人間御用達のホテルなのではと思い至った。そう考えると全てに納得がいく。
人のいないフロント。決して顔を会わせないような作りになっている食事を運ぶ出入口。極めつけはこの誂えたように不自然な感覚でシャワーが取り付けられている風呂場。
まあ私達だって脱獄犯なのだからここに居たって不自然ではないのだが、まさか日本にこういった場所が存在しているだなんて思いもしなかった。平和を謳っているがとんでもない国だ。
やや気落ちしてお風呂から出てくると骸さまはソファーに座りテレビを見ていた。
「さて、これからどうしましょうか。寝るのにはまだ時間が早いですが…。ゲームもあるみたいですよ?」
とてもゲームなんてする気分じゃない。疲れたので休みたいと伝えるとテレビを消して立ち上がった。
ベッドはひとつしかなかったが、ふたりで寝ても充分な大きさだったのでふたりで寝ることにして部屋の灯りを落として骸さまと一緒に布団に入った。
おやすみなさいと骸さまに声をかけて瞼を閉じる。
いくら冷房が利いているからって落ち着いて寝れないのは嬉しくない。いつ騒動に巻き込まれるとも限らないからだ。なかなか寝つけずにいるとギシリ、とベッドのスプリングが音を立てた。それに目を開くと骸さまが私を見下ろしていた。
「緊張しているんですか?」
私に気遣ってくれているのだろう。情けないが、今は骸さまと一緒に居れて良かったと思う。
『こういった場所は初めてなので、』
「初めはみんなそうです」
『骸さまもそうだったんですか?』
それには応えず曖昧に笑ってそっと髪を撫でてくれた。それに緊張していた力が緩んでいく。このまま眠れそうだ。瞼を閉じてしばらく微睡んでいると、胸の辺りに強烈な痛みを感じた。驚いて目を開くとバスローブを剥ぎ取り胸を鷲掴みしている骸さまがいた。
『何してるんですか?!』
「何って…ナニに決まってるじゃないですか」
下卑た笑いを浮かべぐにぐにと私の胸を揉んでいる。
『は、はぁ?ちょっと、骸さま!こんなところで何考えてるんですか?』
「こんなところって…ここはそういうことをする施設ですよ?」
『は?だってここ、裏家業の人間が泊まるホテルなんでしょう?』
「ここはセックスをするためのホテルですよ?」
『うそ、』
呆然と呟く私に「嘘じゃありません」と言ってぺろりと胸の先端を舐めた。逃れようと奮闘してみたが、もはや性欲に脳みそを支配されている骸さまには敵いそうもない。
『騙された!』
「なまえが泊まりたいと言ったんじゃないですか。僕だって始めは風呂を借りて帰るつもりだったんですよ?」
信 じ ら れ な い …!
骸さまの口にする言葉も骸さまが現在進行形で行っている行為も。
関節が決められてるんじゃないかというほど色んな体勢にされ、散々いたるところを揉みくちゃにされて渇れるほど声を張り上げた私は悟った。セックスは格闘技だ。
ようやく骸さまも満足がいったのか私の背中に覆い被さってきた。重い。そして熱い。背中をうっとりとなぞりながらちゅうとキスをされた。そして思い出したかのように口を開く。
「あ、みんなには秘密ですよ」
言えるか!
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