喉:欲求

※骸とパシリ


ようやくここへ戻ってこれた。

ほんの数ヶ月しか通ってはいなかったのだがどこか懐かしく感じる校舎を見上げ息をつく。
完全に監視が解かれた訳ではないがそのくらいどうとでも出来る。
何より己の身体を取り戻すことができた。これが一番大きい。
学校の敷地内へ足を踏み入れようとしたその時、これから帰宅するのであろう数人の女生徒が校舎内から出てきた。
近づいてくる集団の中によく見知った顔を見つけた。
呑気に友人達と他愛もない話をしながらアホ面を晒している。
その女を遮るように前に立つと影が差したことを不審に思ったのか友人達に向けていた視線をこちらへ合わせた瞬間、にやにやとだらしなく緩んだしまりのない顔が強張り、顔を青ざめさせてそのまま勢いよく元来た道を引き返し走り始めた。
追いかけて行くと校舎の出入り口がぱっかりとドアを開けて待ち構えている。外履きの靴を履いていたことを思い出したのか、たたらを踏み玄関口を横切り校舎裏へと方向を変えた。
そして角を曲がったところでバランスを崩したのか足をもつれさせ見事に転倒していた。速度を落とし歩いて近づいていくと『ヒッ…!』と声をあげて這いつくばったまま逃走を続けようとしている。全く往生際の悪さといったら…。
なまえの前に回り込み見下ろすと諦めたのかゴキブリみたいにカサカサと動かしていた手足の動きを止めて恐る恐る見上げてくる。気分の良い光景に自然と笑みが込み上げてくる。

『ど、ど、ど、どうしてここに六道さんが?!』
「どうしてだと思います?」
『ずいぶんお早いお戻りだったんですね!本当にもっとゆっくりしてくださっても良かったのに…いえ、決して帰ってくるなと言っている訳じゃあないんですよ!いやー、嬉しいなー六道さんとまたご一緒出来て!』
「君が頑張れというから頑張って帰ってきたんですよ」
『そんなっ、私の不用意な一言で六道さんのご予定を崩すなんて…!』
「嬉しいんでしょう?僕が帰って来て」
『もちろん!さ、今日はどこの落書きを消しますか?あっ!いつもはちゃんと消してるんですよ!今日はたまたま用事があってお休みしてただけなんですぅ!』

明らかに取り繕った顔をして目を泳がせている。僕が居なくなった後、言いつけ通り落書きを消していなかったことは明白だ。しかしそんなものは端なからどうでもいいこと。

「落書きはもういいです」
『えっ…?じゃ、じゃあ…』

一縷の希望を見いだしたようにぎこちなく笑いながら立ち上がり、首を傾げて『わたし、お役ご免ですか?』とどこか嬉しそうに溢した。
転倒した際、擦りむいたのか血の滲んだ膝が痛々しく見える。

「いえ。君にはまだ頼みたいことが…おや、」

膝と同様、喉の辺りに薄く血が滲んでいる。どこをどうしたら転んでそんなところに傷をつけれるのか。
首もとに手をやると仰け反って大袈裟に騒ぎ立てたが睨み付けると静かになった。そして白い喉元に視線を戻すとこくりと緊張しているのか喉が上下している。反射的にその動きにつられてぺろりと傷口を舐めると絶叫をあげて泡を吹いて倒れた。
そのまま避けて地に伏せる様を見ていても良かったのだが、なんとなく差し出した腕がなまえの身体を抱き止めてしまっていた。
話の途中だというのに勝手に気を失うとは…相変わらず煩く落ち着きのない女だ。
気を失ったなまえを抱えて立ち尽くしていると、校舎から放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。



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