髪:思慕

それは言葉にした途端、するすると掌からこぼれ落ちていく砂のように本質から遠ざかってしまう。
それはただその人の持つほんの一面であって全てではない。でもその一面だけでその人の全てを知ったつもりになって自分の枠組みの中に納めて安心しようとする。人は自分の理解の及ばないものにひどく恐怖を覚えるか、自分のテリトリーから排除しようとするからだ。
私も彼を自分の中の言葉に当てはめようとすると、とても陳腐でありきたりな言葉で埋め尽くされてしまう。
もし本人の前でうっかり口にでもしてしまったら彼は激怒するのか落胆するのか、それともあの食えない顔の下に本当の彼をひっそりと隠して私に気づかれない程の慎重さで私の口にした人物像のように振る舞うようになることも予想される。
そうやって相対する幾人の前でその数の分だけ顔を作り、重ねられたいくつもの六道骸の張りぼての下で一体どんな顔をしているんだろう。
地の底を這うような生活を強いられ恐怖と屈辱に耐えながら明日をもわからぬ身で生きてきた彼のことなど本当の意味で私は理解など出来ようもないのだ。もちろんこれもただの私の勝手な彼の人物像なのかもしれないが。
ひとつの興味深い例として彼がクローム髑髏と接触した際「君は僕に似ている」と口にしたことがあるらしい。一見それは彼女の境遇を自分の受けた理不尽な扱いと重ねて憂い同情しているともとれる。
しかしただ利用できる手駒を増やすために同調した振りをして手っ取り早く警戒を取り除くための手段として用いただけと思うのは穿った考え方なのだろうか。
ボンゴレと出会ってから以前と以後では彼の本質が変化したように思える。
以前の彼であれば迷うことなく後者だと答えていたが、以後の彼の行動はどうも掴みにくい。
元々持っていた彼の内面が表に出始めている傾向なのかもしれないが、クロームやフラン、グリド・グレコといった彼に近しい人間が増えるにつれ彼の六道骸たる部分が変化していっているような気がする。人と接すれば少なからず影響を受けるもので、10年という歳月を経て成長した彼もあの頃の彼とは違う。

『ってこの間ちんちん挿れられてるときに思ったよ』
「、ブフォ…!ゴホッ……」

骸についてどう思うかと尋ねたら思いの外真面目な返答が返ってきて驚いていたのだが、その驚きを更に上回る情報に思わず飲んでいたアイスコーヒーを吹き出した。
そんな俺の事など気にする素振りもなくストローに口をつけてオレンジジュースを飲み干したなまえちゃんはけろりとした顔をしている。

「珍しい組み合わせですね」
『あっ、骸!』

音もなく現れた骸にパッと顔をあげてにこにこと笑いながら『ボンゴレにジュース奢ってもらっちゃった』と嬉しそうにしている。

「こら、マフィアから貰ったものに簡単に口にしてはいけないとあれほど言っていたでしょう」

随分な言われようだ。

『いっぱいお話ししたから喉が渇いちゃったの』
「話…?何をお話していたんです?」
『この間骸とエッチなことした時のお話』
「ああ、」

さして気に止めた様子もなく「行きましょうか」となまえちゃんを椅子から立たせながらちらりと見下ろされた。それから見せつけるようになまえちゃんの髪に唇をつけて二人そろって出ていった。

う、羨ましくなんてないぞ!
グラスの中の氷が慰めるようにカランと音をたてた。



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