やっておきたいこと

普段は全くと言っていいほど連絡を寄越さない骸が珍しく電話を掛けてきた。夏休みの貴重な一日に暇を持て余し、何をするでもなく部屋で無駄に時間を潰していた暑い日のことだ。ベッドに寝転がったまま電話を取れば「どうせ暇でしょう?20時にバス停に集合ということで」と静かな声で一方的に伝えられ電話を切られてしまった。まあ、骸が一方的なのはいつものこと。思えば、私が彼と友人以上の関係になったことも彼の一方的な勢いに押されたからだった。勢いといってもがっついてきた訳ではなく、いつの間にか逃げ道がなくなっていたという方が近いのだけれど。
これと言って恋人らしいことはしていないが、むしろそれくらいがお互いにちょうどいいような心地いい関係だ。学校の帰りに一緒に帰って買い食いをするくらいの私たちの関係の中で、彼がこうして私を呼びつけるのは本当に珍しい。

「しっかり時間通りですね」

「骸の呼び出しだからね」

薄暗い歩道を歩き、指定されたバス停へと向かえばそこには骸が待っていた。いつも通りのしれっとした涼しげな顔。日も暮れて昼間ほど熱くはないが涼しくもないというのに骸は綺麗な顔のまま余裕そうに微笑んで見せる。こちらは暑い暑いと昼から汗だくだったというのになんだかずるいと思う。彼はそのまま私を案内するかのように歩いていく。何処かへ連れて行ってくれるということらしい。こんな時間にデートってこと?余計な文句を言って彼の機嫌を損ねてしまうのは悪手なので、とりあえず何も言わずに彼についていくことにした。

「どこに行くのか聞いてもいい?」

「行けば分かりますよ」

「骸から連絡をもらうなんて珍しいなって思って」

「そうですか?というか、君こそもう少し僕に連絡を取ろうとするべきだと思うんですが」

「え、だって連絡したところで何言えばいいか分からないし」

「……君という人は……」

はあ、と盛大にため息を吐かれた。呆れたような骸の表情を横目に見ながら足を進める。骸は私の歩幅に合わせてくれているものの、「もう少し早く歩けないんですか」と文句を言われたので言われた通り速足で進む羽目に。これでも一応骸のことは信頼しているし、おかしな場所に連れていかれることはない、と思う。しかし彼の向かう方向は人気のない場所だ。町から離れて家や建物の明かりが遠ざかっていく。どこまで行くんだろう。

「もう少しです」

遠くで花火の音がする。隣町のお祭りだろうか。今の季節はどこで夏祭りをしていてもおかしくはない。私がもう少し気力があるアウトドア派だったら一般学生のようにお祭りに出向くこともあったのかもしれないが、悲しいほどに私はインドア派だ。
骸の足は静かな河原で止まった。ここに何があるのと聞くより先に、彼がそっと川の向こうの夜空を指差す。つられるように指の先に視線を向ける。火薬が打ち上がり弾ける音が地響きのように響く中、対岸の空で花火が小さく花開いた。サイズは小さいけれど綺麗に咲いた光がよく見える。遠くからでもこんなに綺麗に見えるんだ。

「花火……隣町のお祭りかな」

「でしょうね」

「すごい人だかりなんだろうなぁ」

「だから、ここに連れてきたんです」

「でもちょっと小さくない?」

「これくらいでちょうどいいでしょう。音もうるさくありませんし、人もいませんし」

骸は川の向こうに咲く花火を見つめる。私は彼の綺麗な横顔をじっと見つめながらひとつの考えにたどり着く。もしかして骸は、これを私に見せるためにこんな時間に呼びつけた?一緒に花火を見るために?今からじゃ夏祭りに行くにも準備できていないし、何より骸は人混みなんて嫌いだろうし。それでも、こうしてふたりきりで静かに花火を見られる場所を見つけて、わざわざ私を連れてきてくれたのだろうか。骸も意外と私のことを考えてくれているのかと思うと何だか嬉しくなってしまう。川を挟んで見る花火というのもなんだか風情を感じるし、何より隣に骸がいるというのがいい。連絡を取らずとも、恋人らしいことをせずとも、私が骸のことを好きなのは本当のことだから。

「夏ですし、夏のうちにやっておけることはやっておくべきだと思いまして」

「やっぱり花火は見ないとだよね」

「別に花火はどうでもいいんです。僕にとっては」

「ん、そうなの?じゃあどうして、」

「……まだ分かりませんか。これは口実に過ぎないんです。言わせないで欲しいものですね」

骸は視線を私へと移す。綺麗な顔は私をじっと見下ろしている。熱い手のひらが私の手をそろりと握り、そのまま彼がゆっくりと顔を近づけてくるのが分かった。ああ、そういう、そういうことか。私って本当に風情も何もない女だな。骸ともあろう人がこんなにもロマンチックなことをしてくれているのに、私は何も考えていなかっただなんて。彼が目を細めたのを至近距離で見つめると途端に緊張して身体が動かなくなる。平常心を装うものの心臓は普段の速さを忘れてしまったかのようにうるさい。遠くで花火の音がする。きっと今日のことはずっと忘れられない。忘れないよ。骸の手を握り返しながら、私もゆっくりと目を閉じた。


【やっておきたいこと/六道骸】


ALICE+