「…………」
もうすぐ私の短い夏休みも終わってしまう。日本の社会人の夏休みというのはどうしてこうも短いのだろう。折角スクアーロが遊びに来てくれても彼と過ごせる日数はあまりに短い。彼も忙しいはずなのに、というか私より忙しいであろう仕事をしているというのに私より夏休みが長いだなんてやっぱりこれはお国柄というものだろうか。羨ましすぎる。
「やだなあ……」
「何がだぁ」
「働きたくない……」
私の夏休みはもう明日一日しか残っていない。こんな日がずっと続けばいいのにと思うくらいにはいい夏休みだったからこそ休み明けが地獄にも等しいというか。今日は何をするでもなくクーラーの効いた部屋でごろごろして、甲子園見て、そうめん食べて、ゲームして、普段ならまた無駄な一日を過ごしてしまったと自己嫌悪に陥るようなものだったのに、スクアーロが一緒にいてくれるというだけで特別で大切な一日になる。お風呂も済ませて電気も消して、狭い小さなベッドにふたりで身を寄せ合って眠るのも明日で最後。また当分の間は電話とメッセージでのやりとりになってしまう。
「働きたくないっていうより……」
スクアーロと離れるのが寂しい。遠距離恋愛の方が会えた時の喜びが大きいだなんて言う人もいるけれど私からしたらその程度の喜びじゃ普段の寂しさには勝てない。この人も長いお休みをもらった時は律義に会いに来てくれるし、それは素直にありがたいし嬉しいと思う。そのうちイタリアに私から会いに行きたいと考えてはいるものの、それを実現させるより先にスクアーロの方が会いに来てくれるのは本当に嬉しいけれど。欲を言うなら、もっとずっと彼のそばにいられたら、なんて。
「そういや、仕事の調子はどうだ」
「んー……まあまあかな。スクアーロは?」
「俺もまあまあだなぁ」
彼は私の枕に頭を埋めながら言葉を紡いでいく。そういえば今までスクアーロから仕事の話を振ってこなかったのは私に気を遣ってくれていたのだろうか。私は彼にすっぽりと包まれるまま彼の腕を枕にして会話を続ける。こんな夏の暑い夜に涼しい部屋でぴったりくっついて眠るなんてスクアーロがいる時くらいしか出来ない贅沢だ。この人のあたたかさを出来るだけ覚えていられるように出来る限り身を寄せる。匂いも忘れてしまわないようにシャツへと頬を擦り寄せて、これでもかというほどに抱き着いた。スクアーロは私が甘えてきたと思ったのか、嬉しそうに笑ってぎゅっと私を抱く腕を強めてくれる。
「私の癒しはスクアーロだけだね……」
「どうした、突然」
「仕事も嫌だし働きたくないし、なんなら年中休んでごろごろしていたいけど、それでも私が頑張れるのはスクアーロがいるからだよ」
「そうか。そりゃあ良い」
ご機嫌そうな低い声が心地いい。そのまま大きな手がわしわしと私の頭をかき混ぜてくる。なんだかあやされているみたいだ。この包容力は恋人というよりお父さんという感じである。
「俺もお前に会う為に死ぬ訳にはいかねえと思って仕事してる。その点ではお互い様かもなぁ」
「え、それは嬉しい」
優しい声は容赦なく私を夢の中に連れ込もうとする睡眠導入剤に等しい。でも、まだ眠ってしまいたくないな。出来ることならこのままずっとおしゃべりしていたい。スクアーロの優しい声をずっと聞いていたい。彼と一緒にお布団に入る幸せを享受しているのに眠りたくないだなんて矛盾していると分かっていても。
「すく」
「何だぁ?」
「……なんでもない」
「わざわざ呼んでおきながら何でもない訳ねえだろぉ。正直に言え」
「…………」
「ゔぉい」
「いひゃい」
スクアーロと離れるのが嫌すぎてちょっと泣きそうだなんて言えるわけがない。明日以降のことを考えたら本当に涙が出そうだ。現時点でも半泣きである。明日しかないとばかり言っているけれど、言い換えればまだ明日もあるということなのに。こんな風に寂しい離れたくないと泣くような女は面倒くさがられてしまいそうだから、出来るならばいい子のいい女でいたいというのに。泣きそうであることを誤魔化すようにシャツにしがみ付いたまま黙っていると、大きな手のひらは髪を梳きながら優しい手つきで頭を撫でてくれる。
「うう……やさしさがしみる……」
「お前は十分過ぎるくらい頑張ってると思うぜぇ」
「すくあろも、ね」
スクアーロはおもむろに私を抱き込む腕を強めた。それはまるで私が彼にしがみつくのと同じような、足りないものを埋めようとするような力強さだった。今までずっと芯の通っていた声がほんの少しだけ弱さを感じる小さな声に変わる。多分、きっと、私だから気付けた小さな小さな変化だと自負してもいいだろう。
「離れたくねえな」
「……うん」
「それと、言いそびれてた大事な話があるんだが」
「うん」
「お前、そろそろイタリアに来る気はねえか」
微かに弱さを孕んだ小さな声は何処へやら。混乱している私に容赦なく、普段通りの力強い言葉が向けられる。優しく甘いものではなく真剣な鋭い声だ。彼にしては珍しくどこか緊張したような声音。って、
「……え?」
「旅行じゃねえぞ。流石に分かるよなぁ?」
「あ、……え、」
「よぉく考えとけ、後悔しねえようにな。俺は寝る」
「え、えええ、あの」
な、なんて人だ。そんな大事な話を今ここでする?え、信じられない、どうしよう、そんな。だって、だって。このタイミングで言わなくたっていいと思う。心臓がばくばくと早鐘を打ち始めて、手汗がじわりと滲んでくるのが分かる。
「そういうこと言うのは、明日でもいいと思う……」
「言いたい時に、言えると思った時に言わねえと、……ずっと言いそびれちまうだろうが」
「……スクアーロも緊張するんだ」
「…………」
照れ臭くなったのか、彼は無言で私を抱き込んだ。普段の格好いいスクアーロとは違う姿に、鼓動が速まったままでもつい笑みがこぼれてしまう。
本当は答えなんてとっくに決まっている。彼のいる場所が私のいる場所なのだ。でも、今日は。今はこの幸せを抱いたまま、彼に包まれたままゆっくり眠ろう。明日になったらもう一度、夢じゃないと確認してからしっかり考えることにしよう。
【今日できること、明日でもいいこと/スクアーロ】