今の気持ちに色をつけるとすれば

夏休みに入り毎朝欠かさず行っているラジオ体操。カードを首からさげてプラプラさせて歩いていると朝陽が妙に似合わない人に気づいた。
あ、あの人転校してきた怖い人だ。いつの間にやらうちの学校を乗っ取り皆から怖がられている確か隣の…。怖がられてはいるが顔の造形が整っているせいか女子に密かに人気があったりする。噂のせいで大抵の子はひっそりと秘めた想いを募らせているのだが、中には大胆にモーションをかける子もいたりして本人達は大真面目なんだろうがそのどちらにも属していない私からすると遠巻きに見ている分には少女漫画の世界のようで面白い。
まあ、そんな彼だがまさか私のようにラジオ体操に行っていた訳ではあるまい。燦々と照りつける健康的な朝陽とはほど遠い、どちらかといえば夜のひっそりとした足元もおぼつかないようなあやしげな世界の雰囲気が似合いそうだ。
待ち合わせなのか女の子と解散した後なのか、時間帯からして解散後といった方がしっくり来る人だなあ。あんまり見てちゃ失礼になっちゃうしとその人から視線を反らそうとし…あ、目が合っちゃった。やばい。と、とりあえず方向転換して回り道で帰ろう。
やや不自然な動きになったかもしれないがくるりと回れ右をして元来た道を足早に歩き出す。ポケットから携帯を取り出し操作する振りをしてれば大丈夫かな?メールの画面を開いてお母さんにちょっと遅くなるって連絡を「今、目が合いましたよね?」ぎゃあ!耳元で聞こえてきた声に反射的に声をあげてしまった。ちなみに手にしていた携帯は手の中をすり抜けて右足の親指に直撃した。
い、痛い…。踞って親指を確認すると少し赤くなっていた。なんで、こんな時に限って指先の出てるサンダルなんて履いてきたんだ私は!涙目になって親指を擦っていると目の前に差し出された携帯。ああ、私の携帯だ。

「すみません。驚かせるつもりはなかったんですが」

絶対ウソだろ!じゃなきゃ気配もなく耳元で声を掛けたりなんてしない!!もちろん口には出せやしないが。ありがとうございます、と小声で礼を言って携帯を受け取ろうとしたが私の手は空をきった。あ、あれ?すっと引っ込められた携帯は彼の掌でとんとんと揺れている。

「それで、今僕の顔を見て逃げたのはどうしてですか?」

やっぱり気づかれてた!こうして絡まれるのが嫌だったんですなんて言えるはずもない。

『逃げたつもりはなかったんですが、結果的にそう見えてしまったことは謝ります』

訝しげな視線のまま手元の携帯を操作し始めた。うん?その操作してるのは私の携帯だよな。おい、ちょっと止めて。見られて困るものなんてあんまり入っちゃいないけどでもすごく恥ずかしい。なんとか取り戻せないかと隙をうかがってみたが隙なんて私に見つけられる筈もなかった。ううう…。

「……本当に何にもないようですね」

携帯チェックは終わったようでトンとホームボタンを押して返してくれるのかと手を伸ばしかけたところであっさりとその希望は砕かれる。

「疑って悪かったですね。お詫びといってはなんですが君、少し付き合いなさい」
『はい?』

返事を聞く気はさらさらないようで私の携帯を持ったままスタスタと振り返りもせず歩き出した。

*

着いた先はファミレス。
メニューを開き眺めている転校生と向かい合って座っているという奇妙な状況に頭を抱えていた。

「決まりましたか?」
『あの、』

ラジオ体操に行くだけだったので財布はおろか小銭さえ持ってきていなかった。その事を彼に伝えると「誘ったのは僕ですから君はそんなこと気にしなくてもいいんです」とおよそ中学生らしくないことを言って視線をメニューに戻した。
ぐずぐずとメニューを決めれずにいる私にしびれをきらせたのか結局は転校生がモーニングをふたつ頼んで無言で食べている訳だが、これ、ひとりで食べるより気まずくないか?
食べている間、ちらちら転校生を盗み見てみた。こんなに間近で見ることがなかったのだが、改めて見ると本当に綺麗な顔立ちをしている。なんでこんなところにいたんだろう。聞いてみてもいいんだろうか。いや、止めておこう。目が合っただけであんなに警戒されたんだ。ますます警戒されてしまうかもしれない。
今は余計なことを考えず目の前のご飯を食べてしまおう。そしてさっさとこの転校生とおさらばしてまた私の平穏な夏休みに戻るんだ。
まだじんわりと温かいパンにバターを多目に塗って一口頬張る。ふわふわと柔らかくて甘いパンが口内の水分をさらっていく。スープバーで注いできた温かいポタージュで口の中に残っていたパンを流し込む。黙々と食事を終わらせて最後にデザートのショコラケーキを食べ終えた頃にはすっかりお腹もふくれて転校生とも二言三言交わすぐらいになっていて微妙な会話の気まずさも気にならなくなっていた。
店を出て帰り際返された携帯を手にほっと胸を撫で下ろした。
なんとも奇妙な1日だったが、これで解放されるのだ。安堵で緩みそうになる頬をひきしめながら、食事の礼を言おうと口を開きかけたところで遮られた。

「ではまた明日」
『え?』

疑いは晴れたのではなかったのか。振り向きもせずすたすたと歩いていく転校生の後ろ姿を呆然と見送った。
その言葉通り翌日もラジオ体操が終わるのを見計らっていたのか昨日会った場所に佇んでいる転校生の姿にくらくらと目眩がした。
こうして転校生とラジオ体操終わりに食事を一緒にとるという私の奇妙な夏休みが幕を開けたのだった。



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