ついに目覚めてしまった。
今まで横目で通り過ぎるだけだった存在にこんなにも夢中になるだなんて去年までの私には考えられない選択だ。
それが今ではすっかり小銭を握り締め足しげく通いつめる日々。確実に目減りしていくお小遣いは私の財政状況を圧迫しているが、それでもやめられない止まらない。
そもそもお母さんがもっと寒くなるまで作らないとか言い出すからいけないんだ。
お父さんの援護射撃を受けお母さんに抗議したが当のお母さんは涼しい顔をして「だったらカツカレー食べなくていいのよ」なんて言いながら引っ込めようとするもんだから私たちは慌てて口を告ぐんだ。
カレーが嫌いな日本人なんていない。ましてや今日はカツまで乗っているというスペシャル番だ。サクサクのカツに食欲をそそるスパイスの香り。すごく、美味しかった…!
まあそういう訳で二日目カレーもろとも美味しくいただいたのだが、おでんへの思いは到底潰えなかった。
そんな訳で今日もこうしてコンビニまで来ていた。鰹だしと昆布だしの芳しい香りが店内いっぱいに満たされている。
大根と卵は味がいまいち味が染み込んでないからパス。となると自然と目は串ものに移っていく。
「また食べるんですか?」
『食べるよ』
真剣に具材を吟味していると自称黒曜中の王子さま、六道骸がいつの間にか隣に立っていた。
「毎日毎日よく飽きませんね」
『うるさいな』
集中して本日の獲物を品定めするべく六道を手で振り払う真似をして追い返した。
顔は見ていないがきっといつものように人を馬鹿にした顔と呆れた顔をミックスさせて複雑な表情を醸し出してるんだろう。
しばらく大人しくしていた六道が身動ぎがした。ようやくこいつも帰る気になったのかと安堵した瞬間、次々と商品を店員さんに告げる六道に愕然とした。あっ、牛すじってそれラスイチのやつじゃないの。
『ちょっと、なにすんの!』
しらっとした顔で会計を済ませる六道を睨みつけたが効果は薄いようで次々と容器に入れられていくおでんを無表情で見下ろしていた。
「ほら、いつまでも突っ立ってないで行きますよ」
店員さんからおでんの入ったビニール袋を受け取った六道にあごで外に出るよう促された。
「食べるんでしょう?」
『六道まじイケメン!!』
「また都合の良いときだけそういう事を言う」
ふ、と肩で息をついて店の外に歩き出した六道の後をにやにやしながら着いていった。
『今日は誰と待ち合わせなの?』
賢い私はちゃんと学習している。六道から施しを受ける時はいつだって私にとって不利益なことが起きるのだ。私と六道は言わばギブアンドテイクな関係なのだ。
「待ち合わせなんてしていませんよ」
『ふーん』
お目当ての牛すじにかじりつきながら首を捻る。一体どうしたんだろう。
学校に復帰してまた以前みたいに浮き名を轟かせるのかと思いきや最近の六道はちょっと違うらしい。人伝いに聞いた話だと数多にのぼるお誘いをことごとく袖にしていると言うのだ。こういうのって鬼のカクラン?って言うんだっけ。
「美味しいですか?」
『うん、おいしいよ』
今日はちゅうはなしなのかなあ、なんて考えたところでハッと我に返る。
「どうしたんです?」
『私、食べちゃった』
「食べてますね」
慎重に口を開いておでんから六道へ視線を移す。
『何が目的?』
虚をつかれたように目を丸くしている。
『だっておかしいじゃない。いつも六道に奢ってもらうときは私きれいなお姉さんに叩かれるのに、今日は待ち合わせしてないって…絶対なにか裏があるんでしょう?!』
「…実は僕、真剣に口説き落とそうとしている娘がいるんです」
なんだ。ちゃんと次の人、決まってるんじゃないの。
そもそも六道の真剣がどの程度のものか甚だ怪しいがそれでもいつもと違う雰囲気に今度は遊びなんかじゃないことは伝わってきた。
『うまくいくといいね』
「どうでしょう。今回ばかりはいつもと勝手が違うのでわかりません」
いつも自信に溢れている六道とはうって変わって自嘲気味に笑っている。そんな六道が珍しくて調子が狂う。
『六道だったら大丈夫だよ』
だから柄にもなく励ましている自分がなんだかむず痒い。
「本当にそう思います?」
『うん。』
「じゃあ仮にその相手が君だって言ったらどうします?」
『あはっ、冗談やめてよ!六道みたいに顔は良くても女関係が派手で節操無しな男なんて無理』
「………」
『………』
てっきりいつもみたいに「君なんかこちらから願い下げです」とか何とか返ってくるだろうと思っていたが予想に反して静かだ。
もそもそと口の中に残っていた牛すじを飲みこんでしまった。
『ね、ねぇ…何とか言ってよ』
すごく不気味なんですけど。そう言うと不機嫌そうに睨まれてぽつりと呟いた。
「…むかつく」
まじですか。
呆然と食べ終えた串と六道を気にしているとがしりと肩を掴まれた。
「確か中学生はキスまででしたよね」
『う、うん…』
「来年になったら覚えてなさい。僕がどれだけ本気かわからせてあげますから」
まじですか。
不敵に弧を描いた六道の口元がゆっくりと近づいてきた。