流される骸6

『骸さん…』
「骸ちゃん!」

男を間に挟み女が二人対峙している。

『誰ですか、この人』
「誰よ、この女!」

「あの、えっと…」

困ったように両側の女の顔色を窺うように世話しなく目を泳がせているのは霧の守護者六道骸。
その姿はまるで家に愛人が乗り込んできて浮気がバレた亭主のようだ。

「MM、先に応接室へ行っていてください」
「嫌よ」

眉を吊り上げたままきっぱりと断る女、MM。

「ではなまえ、席を外してください」
『嫌です』

むぅとした表情のままこちらも譲ろうとしないなまえ。

「で、あんた骸ちゃんの何なの?」
『将来を誓い合った仲です!』
「違う!」

べしっとなまえの頭を軽く叩くと『うっ…』と小さく呻いて叩いたところを押さえている。

『…痛いです、骸さん』
「見え透いた嘘をつくんじゃありません」

頬を膨らませながらぷりぷりと不満を惜しげもなく連ねはじめたなまえにため息をひとつついてMMへと向かい直る。

「MM行きましょう」
「はぁい」

勝ち誇ったかのように骸の後ろを着いていくMMに語尾にハートマークがついていそうに
地団駄を踏んでいる。

『む、骸さんのバカー!後で泣いて謝っても許しませんからねー!』

なまえの叫びも虚しくパタリとドアがしまった。
一人ぽつんと取り残されたなまえ。

『骸さんのばか…』

呟いた言葉はもちろんこの部屋の主には届かなかった。

*

仕事の話はスムーズに終わったものの、あの女は誰だ、どんな関係だ、というMMの追求にだいぶ時間を割かれたため、既に今日という日の大半が終わってしまった。
これから部屋へ戻り膨れて待っているであろうなまえへ先程と同じ事を繰り返さなければならないのかと思うと頭が痛い。重い足取りで部屋へ入る。

「ただいま戻りました」

シーンと静まり返った部屋。いつもならばなまえがパタパタ…いやそんな可愛らしいものじゃない、猪のように一直線に駆け寄ってタックルをかましてくる筈なのだが一向に来る気配がない。

「なまえ?居ないんですか?」

不思議に思いながら呼びかけるも返事はない。どこかに遊びに行ったのだろうか。居ない事に胸を撫で下ろした。



ボンゴレ、機械室。


『ジャンニーニさん!』

ゆっくりと開く自動ドアがもどかしいのか足踏みしながら荒々しく乗り込むなまえ。

「これはこれはなまえさん、珍しいですねここに来るなんて」

今日も作業用ツナギを着こなしぷっくりとした愛らしいシルエットを惜しげもなく披露している。その姿はまるでぬいぐるみのようだ。

『過去に行ける機械とかないですか!』

挨拶もそこそこに、ずずいとジャンニーニへと駆け寄る。

「わわっ!どうしたんですか、そんなに慌てて…」
『実は…』

骸とMMとの事を若干脚色しつつも涙ながらに話すなまえにジャンニーニも同情しているのか大袈裟に嘆いてみせる。

「まさか六道骸がそこまで非道だったとは…そういう事でしたらアレなんかいいかもしれませんね」
『何かあるんですか!?』

丸い身体を揺すりながら沢山積み重なっている鉄屑の中から探し出してきたのは物騒な武器だ。

『なんですか、これ?』
「これは10年前バズーカといいまして、ボヴィーノファミリーの10年後バズーカを改良したものです」

誇らしげに掲げ説明を続ける。理論は皆目わからないがとにかく、過去に行けるらしい。

『これです、私が求めていたのは!』
「まだ試作段階で完成品ではありませんが試してみる価値はあると思いますよ」
『お願いします!』

では、いきますよ!の掛け声と共にジャンニーニはバズーカの照準をなまえへと合わせる。引き金を弾くと轟音と共に爆発が巻き起こる。その衝撃に思わず目を閉じると軽い浮遊感に襲われた。周りが煙に包まれなまえは忽然と姿を消した。

「え、なまえさん?何処にいらっしゃるんですか?」

目をぱちくりとさせて焦ったようにジャンニーニが呼びかけるが依然として返事は返ってこなかった。



『…ん……骸さん…?』

もやもやと辺りの煙が晴れると特徴的なシルエットが目の前に現れた。

「誰です?」

警戒するような声にピクリと反応する。なまえのよく知る人物より若干声のトーンは高いが間違いなく愛しい彼のものだ。

『骸さん!』

ガバッと抱き締める。

『会いたかったです、骸さん!』
「どこから入って来た、なぜ僕の名前を知っている」

ギロリと睨まれるがその表情すら愛しい。

『若いですね、素敵です』

うっとりと見つめながら手はいつものように骸の身体をまさぐりはじめた。

「ちょっ…と、んっ、…人の……話を、あっ、…き、聞きなさいっ!」
『はっ、しまった。いつもの癖でやっちゃった…』

慌てて骸の身体から手を離しポケットに入れていた一枚の紙を取り出す。丁寧にシワを伸ばして骸の目の前に差し出す。

『ここの欄に名前を書いてください』
「な、んですか?」

翻弄されていた身体は未だに熱く火照り骸の瞳をトロンと潤ませている。

『将来とても必要になるものです』

真剣味を帯びたなまえの発言に気圧されながらも差し出された用紙を見る。

「こん、いん、とどけ…?」
『そうです』

コクリと神妙に頷くなまえを不思議そうに見つめている。

「嫌です」
『何故?!』

ふう、と息を吐いて座り直すとぺしっと婚姻届を叩く。

「なんで僕が見ず知らずの人間と婚姻を結ばないといけないんですか」
『そこを何とか!軽い気持ちでサインしてくれれば後はこっちで全部しますから!』
「余計できるか!」

貴女ばかですか!と言いながら婚姻届をなまえの顔に叩きつけた。

『ぬうぅぅ…かくなるうえは…!』
「…何ですか」
『書かせてください、と言わせるまでよ!そりゃ!』

体当たりをして怯んだところに身を滑り込ませ密着してくる。

「ちょっ、やめなさい!」
『10年後の骸さんはもっと素直に身体を差し出しますよ!無駄な抵抗はやめてください』
「何を言っているのかわかりませんっ!」

迫りくるなまえの顔面を交わしながらギリギリと揉み合っているとノックもなしにドアが開き誰か入ってきた。

「骸ちゃーん!…ってあんた何してるの!」
「MM…」



赤毛の少女が眉をつり上げてツカツカとなまえと骸に近づき二人の間に割って入った。骸は助かったとほっと胸を撫で下ろして未だ上に乗っている侵入者に意識を向けると、目を僅かに開いた。

『な、なんで居るの…?』

泣きそうに歪められた瞳は先程までとは打って代わりひどく傷ついた顔をしている。

『酷いです、骸さん』
「え、あの…?」

急変した目の前の人物に困惑していると面白くなさそうな声が二人を遮る。

「はい、そこまで!あんた、いつまで骸ちゃんにくっついてるのよ」

ドンッと突き飛ばされたなまえは力なく床に倒れる。

『…骸さんの、ばか』

小さく呟くその顔は伏せられていて表情はわからないが、ぽつりと一粒の雫が床を汚す。
あ、泣いてしまった。と思った瞬間、突然煙に包まれた。
「何よこれ!」と騒ぐMMに気を取られていた僅かな隙に侵入者は忽然と煙と共に姿を消した。

「消え、た…?」

彼女の居た場所には既に乾きはじめている小さな染みを残して。


入江正一は混乱していた。


一人で黙々と果てしない作業をしていたこの部屋に突如、爆音が聞こえたかと思うと煙に包まれて視界が遮られた。
まさか敵の奇襲かと疑いいつも身近に置いていた武器とリングを素早く取り出し警戒を解かずにじっと煙の先を見つめていた。

『正ちゃん?』

煙が晴れた先には幼い頃からよく見知っている人物が首を傾げていたのだ。

「なまえ、なんで君がここに…」

同じボンゴレに所属しているとはいえ、非戦闘員であるなまえにはリングどころか気配を消して近づくなどという芸当はとてもじゃないが出来なかった筈だ。

では何故。

いくら技術者側の自分でも、かつてミルフィオーレで支部長を務めていた実績があるくらいだから人の気配、それも一般人と何ら変わらないなまえの気配くらいは気がつく。

『正ちゃん…』

にゅっと両手が伸びて首に巻きつく。
随分懐かしい感覚にぱちぱちと瞬きを繰り返す。
そういえば中学に上がったばかりの頃くらいまではこうして甘えてきていたっけ。あの頃まで『正ちゃんと結婚する』と公言しては周りにからかわれて恥ずかしい思いをしたものだ。それがある日『運命の人に出会った』と言い出したなまえに、自分の役目は終わったのだと感じた。その時は娘を嫁に出すような、そんなもの悲しいような侘しいような気持ちになったものだ。
その運命の相手が後にあの六道骸だという事が判明して驚いたのは記憶に新しい。そこで違和感に気づく。

「なまえ、君には六道骸がいるだろう?」
『誰、それ?』

不思議そうに見上げてくるなまえにまた違和感が付きまとう。なまえがあれほど執着していた六道骸の事を知らないと言ったのだ。

「六道骸だよ。君の好きな」
『好き?私が好きなのは正ちゃんだよ』

少し怒ったように頬を膨らませている時、慌ただしく部屋のドアが開いた。


「た、大変です入江さん!」

血相を変えたジャンニーニが部屋に乗り込んで来たのだ。

「なまえさんが…なまえさんが……おや?」

何か言い掛けていたジャンニーニは言葉を途切れさせ、目を丸くして入江となまえを交互に見てはもう一度「おや?」と呟いた。



おかしい。あの日から既に1週間が過ぎている。それなのになまえを全く見掛けないのだ。
あの時、仕事の話だったのもあって彼女よりMMを優先してしまった為、申し訳ないのと顔を合わせづらいのも手伝いうやむやのまま一日、また一日と過ぎていった。
初めは穏やかに過ぎていく日々を嬉しく思ったりもした。
しかし、それまで毎日見ていた顔を見ないと胸の辺りにぽっかり穴が空いたようなそんななんとも知れない感情に襲われている。



「あ、骸」
「ボンゴレ…」



「これ、丁度持っていくところだったんだ」

書類の束を渡される。それじゃ、と踵を返し戻ろうとした沢田綱吉を呼び止める。

「あの、」
「ん?」
「なまえを知りませんか?」

キョトンと目を開いて驚いている沢田。

「なまえちゃん?いや、知らないけど…」
「そう、ですか」
「うん。なんかあったの?」
「最近、姿を見ないと思いまして」

何故か居たたまれない気持ちになり伏し目がちになってしまう。

「うーん、いつも骸とワンセットでしか見てないからなぁ…。骸はどこか行きそうな所とか知らないの?」
「え…?」
「お前等、仲良いだろ?」

そこではたと気づく。名前以外、何も知らないと云うことに。当たり前に居すぎて気づかなかった。

「いえ…知りません」

へらりと笑いながら、とんでもない爆弾を落としてくれる。

「そっか。んじゃ見掛けたら骸に会いに行くように伝えとくよ」
「お願いします」

再び踵を返して別れようとした時だった。遠くで沢田を呼ぶ声がした。



「綱吉君、ちょっといいかな?」
「正一君。どうしたの?」

入江の横には、しまりのない顔をして嬉しそうに入江に腕を絡めている人物がいた。

「お、噂をすれば影だね」
「なまえ…」

人が心配していたというのに、その間本人は呑気に他の男と仲良くやっていたというのか。しかも腕まで組んで…。先程までの萎れた気持ちとは変わり沸々と腹の底から何か沸いてくる。

「綱吉くん、それが…」

困った顔をして入江が何かを言い掛けていたが遮るように口を挟む。

「今まで何処にいたんですか!」
『は…?』

ぽかんと口を開けて 見上げてくるなまえ。何を言われているのか理解していない顔をしている。
「ああ、もう…。ちょっと来なさい!」

苛々して強引に掴んだのがいけなかったのだろう。

『や、』

パシンと乾いた音が響いた。ジンジンと熱を持ち始めたそこがなんだか信じられなくて現実感がまるでない。

なまえに手を払われたのだ。

『正ちゃん、この人なに?』

不愉快そうに眉間に皺を刻むなまえに愕然とした。もしこれが夢であってくれたならどんなに良かったのだろう。



「ふーん、そんな事があったんだ」

ひとまず場所を変えて正一君の部屋に来た俺達はジャンニーニから事の成り行きを聞いていた。
その間、正一君にベタベタ引っ付くなまえちゃんを見て顔を般若の様に歪めた骸がその度正一君の部屋の物を破壊していく。青ざめてる正一君が可哀想だ。

「恐らく私が推測するに無理矢理照準を黒曜センターへ合わせた事が原因かと思われます」

ピクリと骸が反応した。

「黒曜センター?なまえが何故そんなところへ…」

困惑しながらなまえちゃんの方を見ると、丁度正一君に抱きついてほっぺにキスをしていたところだった。

「何やってるんですか!今すぐ離れろ!」

骸、お前いつもの口調はどうした。
ガンッとテーブルを叩いてギロッと二人を睨みつける骸に、正一君は震え上がり、なまえちゃんは『あの人、こわぁーい』と言いつつ更に正一君に抱きついていた。
ブルブル肩を震わせグッと怒りを堪えている骸を見て、これは本格的にヤバイと俺の超直感が訴え始める。その時ボンッとお馴染みの爆音と煙が辺りに充満した。

「なまえ?」

正一君が慌てて隣にいたなまえちゃんを確認すると、見慣れたシルエットが浮かび上がる。

「良かった。無事帰って来られたんですね!」

ジャンニーニが安心したのもつかの間。
その場にいた全員がギョッと目を見開いた。

『ふぇ…しょう、ぢゃーーん゛!』

なまえちゃんは正一君に先程までと同様に抱きつく。但し、目から大きな涙の粒を流して。

一体、何があったんだよ。
俺は知らず知らずの内に溢れる溜め息を飲み込むことなく吐き出した。



なまえが無事に戻って来たのはいい。
しかし何故戻って来ても尚、必死に入江正一にしがみついているのだ。

「こちらへ来なさいなまえ」

あまり面白くない状況に込み上げる不快感を圧し留め、努めて優しく声を掛けながら入江から身体を引き剥がそうと腕を伸ばした。

『や、』

しかしその手もパシッと払われた。何の面識もない先程の10年前のなまえではなく現在のなまえに。

「…いい加減にしなさい」

思わず洩れた低い声になまえの肩が跳ねた。そして更にきつく入江にしがみついていく。

『やだ』
「やだ、じゃありません」

じっとなまえを見ていると隠れるように入江の身体に顔を隠す。

「まあまあ骸、なまえちゃんも混乱しているんだろうし。落ち着いてからでも…。ね、なまえちゃん」
「そうですよ、六道さん。何があったのかまずは聞いてみないことには…」

沢田とジャンニーニが間を取り持つように口を挟むがそれすら耳障りで余計に苛立ちを増幅させる。

「必要ありません、行きますよなまえ」
『やぁ、やだ!正ちゃん…っ…!』

入江にしがみつこうともがくが無駄に終わる。無理矢理なまえの身体を引き剥がし、担いだ。本当にイラつく。

「お邪魔しました。後は二人で話し合いますのでご心配なく」
『正ちゃ…』

入江の名を呼び続けるなまえを抱きかかえて部屋を後にした。


『ふっ…うぅ…』
「泣き止みなさい」

部屋へ戻る途中もずっと泣き続けていたなまえをソファへ座らせて隣へ腰を降ろす。スプリングが二人の体重を受けて僅かに揺れる。

「何でこんな事をしでかしたんです?」

黙って俯いていたなまえの返答を待つ。 あ、とか うぅ、とか暫く唸っていたがそれでも待っているとぽつりぽつりと話始めた。

『…だって骸さん、嫌がるじゃないですか』
「は、」

嫌がっていたからといってしおらしくなるようななまえでは無かった筈だ。現にそれすら無視して今まで所構わず好き勝手していたのはどこのどいつだ。

『私の事嫌がるのに、あの女の人には優しくして…。10年前に行けば大丈夫だと思ったのに、なのにあの女の人は骸さんと一緒にいるし…』

語尾が空気に融けて消えてしまいそうに萎む。

「あの、ですねぇ。」

自然と込み上げてきた深いため息を止める事なく吐き出した。

「MMは昔からの仕事仲間です。仕事の話をしに来たんだから優先するのは当たり前でしょう」
『………』
「それに、僕は何とも思っていない人間に付き合ってやるほど優しくないですよ」

しゅんと項垂れているなまえの髪を撫でると弾かれたように顔を上げた。

『……骸さんっ!』

そして嬉しそうにぎゅうっと抱きついてきた。ようやくいつもの温もりが戻ってきたのだ。


「それで一つ確認しないといけない事があるんですが…」
『何ですか?』

腫れた目のまま見つめてくるなまえにニコリと笑いかけるとふにゃっと表情を綻ばせた。

「入江正一と随分仲がよろしいみたいで?」
『え…?』

綻ばせたままなまえの表情が固まった。

「どういう事です?なまえは僕の事が好きだったのではなかったんですか?」
『えっと…それは…』

途端に目を游がせてしどろもどろになる。

「ちゃんと説明して貰うまで今日は帰しませんからね」

慌てるなまえを逃がさないよう今度はしっかり抱き止めるのだった。


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