沢田へ宣戦布告をしに行った後、思わぬ人物と遭遇した。
10年後の記憶という厄介なもののせいで妙に気になっていた存在だ。日本へ来たばかりの頃、既に一度会っている。だがあの時はほんの僅かな時間での接触だったため何が起こったのか解らずにいた。
しかし記憶の中の彼女と突然現れた彼女、そして目の前にいる彼女は全て同一人物だということは間違いない。
『行ってきまぁす!』
慌ただしく家を飛び出し駆けてくる。
まだ幼さを残す顔立ちではあったが確かに彼女だ。
こちらへ向かって来たのでつい身構えてしまったが、僕を気にすることなくすっと横を通り過ぎた。
彼女は実戦部隊ではなかったせいか、直接的に白蘭との戦いに参加していなかった。あの時の記憶がないという事はボンゴレか、はたまた彼女の保護者である入江正一の計らいかは知らないが安全な場所に居ることが出来たのだろう。素直に良かったと思う。
でも今は出会う筈のない僕達だからこうしてすれ違っても言葉を交わすことも、ましてや馴れ合うことなんてある筈もない。
分かっていた。分かってはいたが…何を期待していたんだ僕は。
自嘲してそっと彼女から視線を外し先を歩く犬達と共に黒曜へと戻ろうとしたまさにその時、
『正ちゃーん!』
通り過ぎて行った彼女が嬉しそうに声を張り上げた。入江正一か。昔からの知り合いだったと聞いていた。何となく面白くない気分になりながらも仕方のないことだと諦めにも似た感情を宥め再び歩き出そうとしたが次の彼女の発言に完全に足が止まってしまった。
『ふふ、おはようのちゅー』
「うわっ、何言ってるんだよ」
背後で繰り広げられている賑やかなやり取りに懐かしさと同時に息苦しさを感じる。
それは未来では僕の居場所だった。彼女が楽しそうに駆け寄って来るのも、それに戸惑いながらも自分ひとりに向けられていた溢れんばかりのあからさまな好意も全部僕のものだった。
そう思うと自然と体が動いていた。犬が持っていた鞄を掴み入江正一へ目掛けて投げつけていた。何をしているんだ僕は。鞄は見事に入江の後頭部へ直撃し、勢いのまま前へと倒れ込んだ。犬はポカンと僕を見ていたが、千種、MMは物音に驚いたのかこちらを振り返る。
「痛っ…なんだよもう……ひぃ!ろ、六道骸!!何でこんな所に…」
額を擦りながら起き上がってきた入江は僕を認めると大袈裟に慌てふためき尻餅をついた。全く忙しい奴だ。
『大丈夫?正ちゃん…ちょっとそこの人!謝んなさいよ!!』
入江を気遣いつつも気丈に睨んでくる瞳に不思議と胸が温かくなった。
「…あの女!」
MMは何かに気づいたように警戒を滲ませた。
当の彼女はというと当然僕の事なんか思い出す筈もなく犬の鞄を掴みこちらへと投げる。しかし途中で勢いをなくして中途半端な位置でぽとりと落下した。
一瞬気まずそうに目を游がせたが気を取り直すかのように落ちた鞄を拾い振り回しながら突進してくる。
「んぁあああ!俺のかばんがぁあああ!そこのブス女!何てことしてくれんだびょん!!」
騒ぐ犬を視線だけで黙らせるとばたばたと苛立ちを含ませて近づいてくる足音。
『正ちゃんを苛めたら許さないんだから!』
セリフと共に再び投げられた鞄が僕の手の中に収まった。
それがこの世界での僕と彼女との出会いだった。