荷物ごと彼女を包み込むと悲鳴をあげて暴れだした。しかし果敢にも入江に向かって叫ぶ。
『正ちゃんここは私に任せて早く逃げて!』
キッと僕を見据えたまま入江に逃げるよう促す。よろよろと立ち上がった入江は逃げ出すこともなく暴れる彼女を制した。
「待って、」
『私は大丈夫だから!早く!!』
違う、と短く呟いたあと少し迷う素振りをしながら続けた。
「その、知り合いなんだ…」
『えっ、』
驚きに見開かれていく瞳。
『正ちゃん、こんな野蛮な黒曜生と知り合いなの?』
「失礼だろ…えっと、六道骸くんだよね?何か僕に用かな」
ぎこちなさを残した気弱な笑みを浮かべて見つめてくる。
『もう!ちゃんと交友関係は教えてもらわないと。妻として恥ずかしいでしょ!!』
「いや、今はそんな冗談言ってる場合じゃないだろ。なまえは先に学校に行って。僕は後から行くから」
『でも…』
ちらりと僕を見て渋るように入江に擦り寄ろうとする。もちろんそんな勝手はさせない。腕に少し力を込めるとむっと眉をしかめた。くるくると表情が変わるのは相変わらずだ。
「いいから、ほら。今日は学校が終わったらアイス食べに行くんだろ?」
『うん!約束だよ!』
ぱぁっと顔を綻ばせ僕の腕を振り払って入江に抱きついた。
慌てる入江に幸せそうな彼女。
そしてそれをまざまざと見せつけられる僕。
なんて滑稽なんだ。後ろでは犬が「骸さん…」と所帯無さげに立っていた。鞄を投げて先に黒曜へ帰るよう伝えると気遣わしげな視線を寄越された。問題ないと頷くと、とぼとぼと千種に連れられ歩き出す。MMはいつの間にか消えていた。こんな茶番には付き合い切れないとでも思ってさっさと見切りをつけたのだろう。
そうして騒がしかった一帯には僕と入江だけが残された。
*
「その体はクローム髑髏のものなのか?」
「いいえ。僕自身の体です」
すると驚いたように目を見開く。
「すごいな。あの復讐者の牢獄を出てきたっていうのか」
「色々ありまして…」
沈黙が流れる。元々交流があった人間ではないのだから仕方がない。それにわざわざこんな話がしたくて残った訳でもない。
「…貴方達、付き合ってたんですね」
何を話すべきかなんて決まっている。
恨めしく聞こえたりはしていないだろうか。どうでもいいことが気になってしまう。落ち着かない気持ちを誤魔化すように口角を持ち上げてみた。すると入江は焦ったように口を開く。
「違う。なまえのあれは…刷り込み、みたいなものなんだ」
「刷り込み?」
「ああ、」
そう言って穏やかに笑う入江が彼女との親密さを表しているようで無性に腹が立った。
*
話を聞く限りではどうやら彼女のあれは過度の思い込みによるものらしい。
幼い頃から周りの大人達にからかい半分「正ちゃんのお嫁さん」という言葉を言われ続けたらしい。すっかりそれを信じこんだ彼女は鵜のみにしたまま成長していき今に至るという。全く余計なことを。
だったらその思い込みを僕が解こうと思った。未来での僕はいつも彼女が傍にいるのが当たり前になっていた。彼女の優しさに甘えていたんだと思う。
ではこちらの世界では逆に僕が彼女を求めよう。彼女が僕を求めてくれるまで。ずっと。
手始めに今日の放課後入江と落ち合う予定の場所に割り込んでみるか。
そう決めて犬達が待つ黒曜までの道のりを歩き出した。