流される骸13

彼女さえいればと思っていた僕だが、さすがにその彼女にこうも泣かれ続けたらどうしようもない訳で。泣いている彼女の手を引いて当初の目的である店へ連れていこうとしたら、弱々しく抵抗された。そしてぐすぐすと鼻をならして『かえる』と小さく呟かれた言葉に僕の頭が一瞬フリーズした。
今の彼女には帰る場所がある。そんな当たり前のことに気づけなかった自分に驚いた。そうだ。ここはあの未来ではない。一緒に過ごした場所もないというのに。
この手を離してしまうともう会えなくなるような気がして、でも自分から振りほどくなんてあまりにも惜しくてなかなか離せずにいた。

「…お腹空いてませんか?」
『え?』
「ファミレスでよければ付き合ってくれませんか?」

なまえとの別れを僅かでも先伸ばしにしようとした苦し紛れに口にしたセリフ。戸惑っている様子のなまえに気づかないふりをしてやや強引に腕をひく。若干の抵抗は覚悟していたが、意外にもすんなり着いてきてくれた。それが嬉しくて思わず繋いでいた手に力が入る。

『…歩くの早い』

少しでも長く一緒の時間を過ごせるようにと彼女の住まいから離れた場所へと歩みを進めていたが、彼女が小走り気味になっていたことにも気づかなかった。どうやら僕は浮かれているらしい。
歩調を緩めるとふっとなまえの肩から力が抜けていく。

『どこのお店に行くの?』

肩からずり落ちそうになったスクールバックを掛け直しながら見上げてきた瞳があの遠い日のなまえを彷彿とさせて胸がざわつく。

「どこがいいですか?」
『決まってないの?変なのー』

くすりと可笑しそうに小さく笑う。笑っていたかと思えば、はっと顔を強張らせて緊張した面持ちでまっすぐに向けられた視線にどきりと心臓が跳ねた。

『まさか正ちゃんを誘き出すための人質にするんじゃないでしょうね?』
「それもいいかもしれませんね」

なまえと一緒に居れるのならその理由なんて何でもいい。
それこそ入江を誘き出すためだろうが、あのアルコバレーノ達の争いに巻き込まれようが何だっていいのだ。

表情を固くしたまま繋いでいた手を急にぶんぶんと振り回し始めた。なんだろうと思い、ほどけそうになった手に指を絡めて握り直すとひっと息を呑む気配がした。

『離して!やっぱり正ちゃんに危害を加えるつもりだったのね!!』
「は?」
『信じられない!』

振りほどこうと躍起になっているなまえの言葉に冷水を頭から浴びさせられたようにそれまで浮わついていた感情が急激に下降していく。
今の彼女の原動力というのは非常に腹立たしいが入江が基軸となっているのは明らか。

「だったら君が僕を見張ればいい」
『離しなさいよ…って、えっ?』

ぱちくりと瞬きをするなまえに言い聞かせるようにもう一度ゆっくりと繰り返す。

「君が僕から入江を守るんです」
『私が正ちゃんを守る…?』

突然与えられた使命に困惑しながらもなまえの表情が悦びの色を帯びていく。
そうだ。そうやって入江の為だと名目をつけて僕の元に留まらせておけば後はいくらでもこちらの都合のいいように修正出来る。何より未来の記憶を持つ入江がなまえが今の僕の元にいる理由なんて深く考えることはしないだろう。まさか自分のせいだとは思いもせずに。
なんて容易い。声をあげて笑いだしそうになるのを堪えてなまえを見ると、未だに熱に浮かされたように入江を守ると呟いていた。



ALICE+