おはようございますの挨拶と共に室内に慌ただしく入ってきたなまえに勢いよく抱きつかれた。ぐりぐりと頭を擦り付けられ耳元ではあはあという荒い息が聞こえてくる。
『朝夕めっきり冷え込んで昼間の寒暖差とも相成ってむらむらしてきますね骸さん』
すすす、と服の隙間から侵入してきた手が動き出そうとする前に掴み代わりにぎゅと握りしめた。
「やめなさい。まだ朝ですよ」
『無理です』
「そこは諦めないでまずは頑張ってみましょう」
渋々といった具合に突き出していた唇を引っ込めて、むうっと考える素振りをしたがそれも一時のこと。にこりと笑い『やっぱり無理でした』の一言で動きを再開させた。ああもうどうしてこの娘はこうも堪え性がないのだ。
「ああ、そうそう。君に渡すものがありました」
シャツのボタンを外し始めていた手をピタリと止め顔をあげた。
『何ですか?』
身体を退かそうとしたが離れる気はないらしく首の後ろに手を回されしがみつかれた。仕方なくなまえごと抱えテーブルの前まで移動して、用意していた箱をなまえへと手渡す。
「どうぞ」
そろそろと受け取り包装を剥いでいく。
中には丸いチョコレートがふたつ並んでいる。
『チョコレート、ですか?』
「日本にはホワイトデーというものがあるのでしょう?」
『覚えててくれたんですね!』
嬉しそうにはにかむなまえに良心が咎めないわけではないが、日頃好き勝手にやられている身としてはここらで一矢報いたいというもの。
「ええ、必ず部屋に戻ってから食べてくださいね」
これで仕込みは済んだ。
『でも美味しそうだからひとつだけ…』
「ダメです。これは自室で食べてください。今食べるものは他にもありますから。ああ、その前に朝食に付き合ってもらえますか?」
『…はい』
名残惜しそうに箱の中のものを見つめるなまえに着替えることを理由にそのまま椅子に座らせた。
興味はすっかりプレゼントへうつったようで大人しく眺めている。あれを口にしたなまえを想像すると笑いがこみ上げてしまいそうになって慌てて口を横に引く。
手早く着替えて振り向くとそこには大人しくチョコレートを眺めている筈のなまえではなく、苦しそうに胸を抑えているなまえの姿があった。
『む、くろさん…なんか身体が、おかし、、』
「もしかして、食べたんですか?」
ちらりとテーブルの上を確認するとおさまっていた筈のものがふたつともない。再びなまえへと視線を動かすと、とろんと瞳を潤ませて自分の身に何が起こっているのか理解できていないような顔をしている。
「お、落ち着きましょう。ひとまずベッドへ移動しましょうか」
『は、い…』
不安そうに瞳を揺らすなまえに近づき身体に触れるとびくりと小さく身体が跳ねた。
『お酒、入ってたんですか?』
唇から熱く吐き出される吐息が艶かしいと感じるのはなまえが口にしたものが何なのかをわかっているからなのか。
「…まあ、そのようなものです」
なんとなく視線を合わせずらく、ふらつくなまえの肩を抱きながらどうしてこうなったと頭を抱えたくなった。本来ならば自室で身体をもて余したなまえの困惑している姿を影で見て笑うというほんの些細なイタズラのつもりだったのだが。
パンプスを脱がせてベッドへ寝かせると、何か気になるのかすんすんと鼻を動かしている。
『骸さんの匂いがします』
へらりと笑う姿とは裏腹に熱いのか胸元のブラウスのボタンをふたつほど外し、ふうふう荒い呼吸を繰り返している。
さすがにやりすぎたかと思い、ことの顛末を話すべく口を開いた。
*
始めは驚いたように目を丸くしていたが、徐々にくふくふと楽しそうな笑い声をあげた。
『つまり、私は骸さんとえっちなことをしないとこの部屋からは出れないってことですよね?』
「時間がたてばおさまりますよ」
『うーん、でもそれじゃあ骸さんの気持ちがおさまらないというか、私の身体もおさまらないというか…』
「後日改めてお詫びします。では僕は所用がありますので」
ベッドから腰を浮かせ立ち去ろうとしたところで、すぐさまベッドへと引き寄せられた。見るとなまえの手によってぎゅっとベルトを握りしめられていた。
『責任、とってください!!』
「そ、れは、後日…」
『大丈夫です。全部私がしますから!骸さんは黙ってじっとしといてくれればいいんですよ!』
がばりと勢いよくベッドから起き上がったなまえを思わず受け止めてしまった。そしてその勢いのままベッドへと倒れこむ。馬乗りになって見下ろすなまえに、見上げる僕。形勢逆転だ。
なまえが身を屈めてちゅうと唇を軽く触れさせた後、口の中へ何かを押し込められた。甘いカカオの味が口の中に広がっていく。
「これ…は…?」
『んふふ。美味しかったからひとつ骸さんに食べてもらおうと思って取っといたんですよねー!まさか素敵なスパイスが使われてるだなんて思いもしませんでしたけど』
「は?え、つまり…?」
震える手で唇を拭おうとしたがあっさりと阻まれる。そして掴まれた腕が異常に熱いことにようやく僕は気がつく。
『チョコレートとっても美味しかったです。ごちそうさまでした。次は媚薬入りの骸さんをいただきますね』
「ちょっと、まちなさ……ああっ!」
\ハッピーホワイトデー!/