あいらぶゆーと叫ばせて

『やだ、やだやだ』
「ほんの半年じゃないですか…」
『やだ…半年も離れたら生きていけない。私も着いていく!』
「我が儘言わないでください。仕事なんですから」


おかしいと思っていたのだ、何の記念日でもないのになまえスペシャル(私の大好きなおかずのオンパレードだ)が食卓に並ぶだなんて。

突然切り出された骸の海外出張の話に猛抗議した(主に私の食生活の危機を訴えた)ところで「大袈裟な」の一言で片付けられた。嫌だ、というより無理だ。骸と離ればなれになって生きていく自信がない。
自分でも無茶な事を言っているのは分かる。大人しく行ってらっしゃいの一言を掛けて見送ってやれば骸も安心して仕事に打ち込めるのだろうけど、散々骸によって甘やかされ甘ったれの我が儘になった私にはその一言が素直に言えない。
困ったように眉を下げて笑っている骸。違うの。そんな顔をさせたい訳じゃないの。しぶしぶ『わかった』とだけ言って頷くとほっとしたように微笑んだ。


その日の夜、骸の前で恥ずかしい事を沢山したけれど繋ぎ止める事は出来なくて、出発する日も教えてくれなかった。その間、ただ手をこまねいている訳でもなくなんとか着いていく方法を考えてみたけど全て失敗に終わった。(スーツケースの中に隠れようとしてまるで某猫のタマみたいな格好の時に発見されたのはちょっと恥ずかしかった。ぽかんと呆れて、それから「死んじゃいますよ、なまえが死んでは困りますから止めてください」と掬い上げられたときの困ったような、可笑しそうな顔が忘れられない…)
結局私が寝ている間に出発してしまったのだ。見送りくらいさせてよ、馬鹿。

キッチンへ行くとテーブルの上にちょこんと置かれた皿。その上には綺麗に切り分けられたサンドイッチがあった。
「温めて食べなさい」と骸の字で簡潔に掛かれたメモを睨みながらサンドイッチの天辺に噛み付いた。

*

黙って出ていった癖に連絡はマメによこすのだから律儀だ。まあその連絡に死に物狂いで飛びついている私も私なんだろうけど。だって骸からの着信に出れなかっただけで泣きそうになるなんてどんだけ依存してたんだと自分でも呆れてしまう。慌てて掛け直すと困ったように「泣かないでください」とか言われちゃうから余計に泣けてきてわんわん声を上げて泣いてしまったこともしばしば。


『あーあ、骸がいないからオナニーのし過ぎで指がふやけちゃう』
「……浮気はしていないみたいで良かったです」
『だってうどん屋のおばちゃんにしか最近会ってないんだもん』
「またうどんですか…。他にもちゃんとしたものを食べなさい」
『ピザ頼んでイケメンが来たら困るでしょ?』

向こう側で微かに空気の震える音がした。

「……声が聞きたい、なまえ」
『今、電話してるよね?』

骸の意図が分からずそう返すと違うと言う。それから耳に悪いすごく甘ったるい声で囁かれた。

「ちゃんと自分で出来ますよね、なまえ?」
『う、ん…』

そう言われてしまえば反射的にゆるゆると下半身に伸びる自分の手に骸の手を重ねて電話越しに聞こえてくる骸の息遣いに欲情した。




*


「仕事の目処がつきました。もうすぐ帰れそうです」
『本当?』

ぎゅうと携帯を握り締めて確認すると「本当です」と繰り返す。

『あい、たい…早く骸に会いたいよぅ』

ぽろぽろと止めどなく溢れる涙。電話口ではきっと眉をさげてどこか困った風に笑っているんだろうか。「帰ったら二人でどこか行きましょうか」と優しく話す骸にもっといっぱい伝えたい事があった筈なのにうんうんとしゃくりあげながら馬鹿みたいに頷くしか出来なかった。

「いっぱいお土産買ってきますね」


優しく響く骸の声を聞くのがこれで最後になるなんてこの時の私は思ってもみなかった。




*


なんで、どうして、嘘だ。だって骸はもうすぐで帰って来るって、そしたらうんと休みを貰って二人でいっぱい色んなところに行っていっぱい美味しいもの食べていっぱいキスしていっぱいエッチなこともしようって約束してたのに。ねぇ、嘘だよね。私達なんにもなかったよね?ただ一緒に寝てただけだよね?だってそうじゃないと、私…。

隣に寝転がっている男が気だるそうに起きあがってきて「昨日は可愛かったよ」なんて言いだす。何それ。昨日なんて知らない。だって私はもうすぐ骸と…
突然泣き出してしまった私を面倒臭そうに眺めて男は煙草に火をつけた。


*

携帯の着信音にビクリと肩が跳ねる。表示されたディスプレイの名前に心臓を鷲掴みされたみたいにぎゅうっと締め付けられた。出たい、今すぐ骸の声が聞きたい。でも…

『むくろ…骸!』

どんなに名前を呼んだっていつも差し出されていた大きな手はついに伸ばされることはなかった。


お題:Aコース様

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